第9話 勘の良い蘭さん

「ぷはぁ~っと。それでそれで、2人はいつから付き合ってるの?」


 3人は崩壊した海の家の前から場所を移し、道路と砂浜を繋ぐ石造りの階段に腰を下ろす。

 冷えた缶ジュースを勢いよくあおると、木島蘭は春也と秋葉にそう尋ねた。


「今日まで全然気づかなかったよ。あーでも、改めて考えてみるとお似合いかもね。秋葉っちみたいな人気者と付き合えたらすぐ言いふらしたくなりそうだけど、そすひないところも何だか春也っちぽいし」


 木島蘭、ごく一部を除いては周りの人を~っちと呼ぶ傾向にある。

 そのごく一部には竜馬が含まれるのだが、それはともかく、上機嫌でまくしたてる彼女の話を春也と秋葉は気まずそうに聞いていた。

 ちびっちびっとしみったれた缶ジュースの飲み方をしながら、どーしようといった感じで顔を見合わせる。


「えーっとその、木島さん」

「あー、蘭でいいよ。私も勝手に春也っちとか秋葉っちとか言っちゃってるし」


“くっ……。ナチュラルに下の名前を呼べるこの圧倒的陽のオーラ……!”

“くっ……。ナチュラルに下の名前を呼べるこの圧倒的陽のオーラ……!”


 やはり脳内のシンクロ率が高い2人である。

 春也も秋葉も決して陰の者という感じではないのだが、蘭みたく太陽ののような目立ち方はしていない。

 お互いに下の名前で呼び合うのにも一苦労、翌日にはリセットされていないか不安になる純な2人だ。

 もちろん蘭が不純だということでもないし、秋葉は秋葉でその見た目ゆえにまた違った目立ち方はしているのだが。


「いや、俺たちは……何て言ったらいいのかな」

「うんうん!」


 慎重に言葉を選んで話そうとする春也に対し、蘭は興味津々といった感じで身を乗り出す。

 その勢いに押されかけながらも、春也は丁寧に言葉を紡いだ。


「付き合ってるわけじゃなくて。そのさっきのことだって、不可抗力でああなってしまったわけだし」


 さっきのこと。

 砂浜寝っ転がりハグ事件のことである。

 今ごろになって、改めて自分で話しながら春也は顔が熱くなっていくのを感じた。

 秋葉のことをしばらくの間ぎゅっと抱きしめていたのだ。

 あの時は必死だったが、思い返してみると悶々としてくる。

 秋葉も十数分前のことを思い出して、照れたように肩を縮こまらせていた。


「え? 付き合ってないの?」

「そうなの。春也はレンタルかれ……」

「レンタル?」

「あ、いや! そのえっと!」


 慌てふためく秋葉を見ながら、蘭は頭をフル回転させる。


“レンタル……もしかしてレンタル彼氏? でも秋葉っちなら、わざわざお金払わなくてもデートする相手には困らないはず。なのにわざわざお金払って春也っちとデートってことは……。にゃるほど~”


 蘭は勘が良かった。

 そして蘭は人と距離を詰めるのが上手いとはいえ、土足で入り込むタイプではなかった。

 何よりも蘭は、じれじれとした色恋沙汰を見るのが好きだった。


“どうやら春也っちもまんざらでもなさそうな感じだし、ここはじっくり見させていただくのが楽しそうだな~。”


「なーんだ! そっかそっか! 2人はただちょっと仲が良いお友達なんだね!」

「え、あ、うん」

「えっと……そうだよ!」


 どうやっても無理やりな路線変更を図った蘭だったが、春也と秋葉もこれ幸いと乗っかった。

 3人は気分をリセットするべく、残っていた缶ジュースを一気に飲み干す。

 石の階段に置かれた缶が、カランと乾いた音を鳴らす。


「ちなみに木島ちゃん……じゃなくて蘭ちゃんは、ここへはサーフィンに来たの?」

「そうだよ~」


 蘭は脇に立てかけたサーフボードに手を置き、自慢げに胸を張った。


「小学生の頃にお父さんに連れられてきてからハマっちゃってさ。自分でも言うのもなんだけど、結構な腕なんだよ?」

「学校では水泳部だよね。竜馬と一緒の」

「そだよ。泳ぐのも好きだからね。……さてと」


 蘭はパンパンと手を打ち鳴らし、サーフボードを抱えて立ち上がった。

 かき上げた黒髪から落ちた水滴が、太陽の光を浴びてきらきら輝く。


「もう1回波に乗ってくる! 2人はごゆっくり~!」


 蘭がサーフボードと共に砂浜を駆けていくと、秋葉はぼそっと呟いた。


「なんだかすごい話がこじれちゃった気がする……」

「でも考えてみれば、レンタル彼氏の代打とか言う時点からもうこじれてない?」

「ふふっ、確かにそうかも」

「でしょ?」


 2人は互いに肩をすくめて笑いあった。

 その間を温かな風が吹き抜け、秋葉の髪が優しく揺らされる。

 その動きに釣られて目をやった春也は、払い切れていない砂がついていることに気付いた。


「秋葉、砂ついてる」

「え? どこ?」

「髪、後ろの方。さっき転がった時についたのかも」

「え~。取れた?」

「取れてない」


 秋葉が自分で払っても砂が残っていたので、春也はそっと手を伸ばす。

 そして優しく秋葉の髪、後頭部辺りに付着した砂を払った。


「これで取れた……って、あ、ごめん。勝手に触っちゃって」


 春也は慌てて手を引っ込めると、バッと海の方へ視線を向けた。

 普段は慎重派の春也だが、たまにふっと何かが抜けたように行動することがある。

 それが上手くいくこともあれば失敗することもあるが、今回ばかりは上手くいっていた。


「ううん。ありがと」


 秋葉は空になってもまだ冷たい缶を握り締め、何とか火照りを冷やそうとしながら答える。


「あと、さっきの分もちゃんとお礼言えてなかったね。また守ってくれてありがとう」

「どういたしまして。……ん? また?」

「ふふっ、なんでもない」


“やっぱり覚えてないんだなぁ。”


 少し残念な気持ちを抱えて、秋葉は海に視線をやった。

 でもそんな気持ちは、すぐに幸せが塗り替えてくれる。

 春也が抱きしめて守ってくれた感覚が、頭の砂を優しく払ってくれた感覚が、秋葉の体に残っている。


“もうこれ、気になるってレベルじゃないのかも。”


 春也と秋葉が見つめる海で、蘭が美しく波に乗った。

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