第3話 かくしごと?
「ふう~、涼しいね」
「だね。今日はこの時期にしては暑いからね」
ショッピングモールに入るなり、二人はそんな会話を交わした。
名前を呼び合った時からして、ほんの少しは緊張が解けている。
あるいは平静を装えるくらいの余裕が生まれたという方が、正確なのかもしれない。
二人とも内心では、まだまだ心臓をバックンバックンさせているのだ。
「どこか行きたいところある?」
春也が尋ねると、秋葉は辺りを見回して少し考えこんだ。
ショッピングモールは三階建ての構造で、服屋や雑貨店、スポーツ用品店や飲食店にスーパーなどなど、ありとあらゆる店舗が軒を連ねている。
映画館やゲームセンターなどもあり、大学からもそこそこ近いため、カップルたちの中では定番のデートスポットだ。
知り合いにあったらあらぬ誤解を招くのではと、春也も別の意味で辺りを見まわしたが、幸い近くに顔見知りはいなかった。
といっても広いショッピングモールなだけに、移動した先で誰かと会う可能性は拭いきれないのだが。
「ひとまずふらっと歩いてみるでもいい? 気になったお店があったら入るって感じで」
「もちろん」
ウィンドウショッピング的な楽しみ方をするなら、服屋や雑貨店が多い二階が向いている。
二人はエスカレーターに乗って、一つ上の階へと上がった。
カップルと呼ぶには少し微妙な距離が空きつつも、並んで涼しい店内を歩きはじめる。
秋葉は特に服屋に興味があるようで、良さげな店を見つけたらすっと入っていった。
初デートに予想外の相手が重なったこの状況。
さすがに上手くリードできそうになかった春也は、若干の情けなさを感じつつもほっとした気持ちで秋葉に付いてまわっていく。
「冬月……じゃなくて秋葉なら、何を着ても似合いそうだよね」
「えーそんなことないよ。派手派手なのはちょっと苦手なんだ~」
秋葉が今着ているのは白のブラウスにシンプルなワイドのチノパン。
派手というよりは、至って落ち着いた大人っぽい印象だ。
さらさらの黒い長髪と色白の肌、すらっとした体型も相まって、この上なく清楚な雰囲気を醸し出している。
でも決してクールすぎることはなく、常に柔らかな表情で、笑う時は上品かつとても楽しそうに笑う。
もちろん秋葉自身が意図してやっているわけではないのだが、男たちはその笑顔にググっと引き寄せられ、あえなく散っていくのだ。
ある意味では、意図してやっているより質が悪いかもしれない。
「春也もどっちかというと落ち着いた感じだよね」
「そうだね。っていうか、あんまりファッションとか分からなくて。だから無難に無難にいっちゃうんだよね」
「すっごいわかる~。難しいよね、洋服。私も結局似たような服ばっかりになっちゃう」
「でも似合ってるよ」
「えへへ。ありがと」
商品のワンピース片手に、秋葉が嬉しそうに笑う。
その笑顔のあまりの眩しさに、思わず春也は目を逸らした。
秋葉もまた、少し照れたように目を伏せる。
“かわいすぎるだろ……!”
“褒められた……!”
二人そろってまたまた朱に染まり、鼓動を加速させる。
最も、お互いにドキドキしているのは自分だけだと思っているのだが。
沈黙が長引く前に、春也は咳払いして気持ちを強引にリセットした。
そして秋葉に尋ねる。
「何か買うの?」
「今日は見るだけかな。お金もそんなに持ってきてないし……」
そう言うと、秋葉は持っていたワンピースを元の場所に戻した。
店を後にして、また次に入る店を探し始める。
のんびり歩いていると、秋葉の右足に突然どすっと重めの衝撃が走った。
続いて声が響く。
「ママ!」
二人が振り返ってみると、秋葉の右足には小さな女の子が抱き着いていた。
3,4歳くらいで、プ●キュア的な人気アニメのリュックを背負っている。
「えっと……隠し子?」
「なわけないじゃん!」
「じゃあ隠さない子?」
「それただの子供だからね!?」
春也と秋葉がボケツッコミを繰り広げていると、女の子の目にみるみる涙が溜まっていく。
そしてしまいには、大きな声で泣き出してしまった。
「びえ~ん! ママどこぉ~!」
「迷子みたいだね」
春也はしゃがみこんで、女の子と目の高さを合わせる。
そしてそっと頭を撫でながら、優しい声で語りかけた。
「よ~し、よし。泣かないで。大丈夫、お兄さんとお姉さんがママを探してあげるから」
「ほんと……?」
「うん。大丈夫だよ。お名前、言える?」
「まり」
「まりちゃんか。かわいい名前だね。名字は分かる?」
「うんと、ひがしの」
「ひがしの まりちゃんだね。まりちゃんは何歳?」
「4歳だよ」
「4歳なのにしっかりしてるね。すぐに泣き止んで偉いよ~。それじゃあお兄さんお姉さんと一緒に、ママを探しに行こ?」
「うん」
あっという間に女の子、改め“まり”を泣き止ませ、母親を探すのに必要な情報を自然と聞き出す。
そんな春也の様子を、秋葉は静かに見守っていた。
“春也すごい……。あんなに優しい顔と声で……”
まりが泣き出した時、秋葉はどうしたらいいか分からずパニックになりかけていた。
そんな彼女の心の中に、春也に対する素直な尊敬の気持ちが湧き上がってくる。
「抱っこ」
「抱っこ?」
「うん。お兄ちゃん、抱っこ」
「もう、しょうがないな~」
春也は笑顔でまりを抱き上げると、隣の秋葉に顔を向けた。
「インフォメーションセンターまで行ってみようか。そこからなら、迷子の呼び出しをしてくれるから」
「そうだね。それがいいかも」
唐突にやってきた小さなお邪魔虫を抱えて、二人はインフォメーションセンターへと向かいはじめるのだった。
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