疑問

「そういえば」と美結がキョロキョロ辺りを見始めた。


「――荷物ってまだ届いてないの?」


引っ越し業者にほとんどの家具を積んでいる。来る時もすれ違った覚えはない。何も無ければ行動することができないのだが。


「あぁ、家具なら私が受け取ってるよ。一緒に入れようか」

「……え。あ、ありがとう……ございます」


曲がった腰をゆっくり動かしながら、自分の家へと歩いていく。一人で行かせるわけにもいかない。自分たちの家具だ。はしゃぐ凛を抱っこしながら、2人は時斜の後ろをついていく。



美結が桃也の服の裾を小さく引っ張った。内緒話を言うように、桃也の耳まで口を近づける。


「普通はさ、隣だからって荷物を受け取る?」


まぁ確かにそうだ。ただの家具とはいえ、自分たちの家の物を勝手に受け取られるのは、あまりいい気分ではない。


「さぁ、田舎なんだから普通じゃない?」

「でも……なんだか怖い」

「そんなこと言うなよ」


背中をポンポンと叩く。


「私心配になってきた……この村でやっていけるのかな……?」

「いずれ慣れるさ」

「……凛は大丈夫かな?」

「こんな自然豊かな村で暮らすんだ。立派に育つよ」


はしゃぎ回って疲れている凛の頭を撫でながら、桃也は答えた。






――数時間後。



ダンボールを地面に置く。重量から開放された背中をストレッチさせた。歳をとるとすぐに背中が痛くなってしまう。


若い頃はもっと動けていた。さっき美結に言った「歳をとったな」という言葉が自分に刺さっている気がしてならない。


「……俺もランニングとかしようかな」


そう呟きながら、桃也は額の汗を拭った。



時斜は見た目によらず力持ちであった。机や凛の玩具用具などを美結と2人で運んでいた。


最初は警戒していた美結も数分すれば時斜と仲良くなっており、まるで家族のようなコンビネーションを疲労している。……どちらもコミュ力が高いようだ。


「タンスは……一人で大丈夫かい?」

「はい。洗濯機を美結と一緒にお願いできますか?」

「モチロン!美結さんいっちゃうわよ!」

「任せてください時斜さん!」

「凛は花瓶持っていってくれる?」

「はーい!」


小さいプラスチック製の花瓶に入れられたタンポポ。これは3人でピクニックに行った時に凛が採ってきたものだ。


「――大事なものなの?」

「うん!宝物だよ!」


時斜の言葉に笑顔で返す。


「ふぅん……そうなんだ」


満面の笑みであった。そのはずだ。だが桃也の目にはどうも、その笑顔が見えていた。






「ねぇもう飽きたー!」


そこから更に時間が経った頃。やることがなくなり暇を持て余していた凛が駄々をこね始めた。


よく考えてみれば当たり前だ。子供が家具を運んでいる様子を見て楽しいわけがない。


だがバタバタと暴れてホコリを撒かれるのは困る。桃也と美結は困った顔で見ていた。


「うーん……ちょっと休んで村を散歩するか?」

「もうすぐだからやっちゃうよ。私は時斜さんと終わらせとくから、凛をお願いね」

「あいよ」


美結の後ろで時斜がマッスルポーズをしていた。まだまだ元気という合図だろうか。凛も真似をしていた。


「じゃあ行くか」

「うん!」


猫のような素早さで玄関へと移動。お気に入りの靴へとすぐさま履き替えた。


「……将来は忍者かな?」


興奮している凛をなだめつつ、桃也は靴紐を結んだ。






時間はちょうどお昼。畑では住民の方々が仕事をしていた。最近は農作業も現代化しているというのに、この村では手作業でする人が多かった。


「農家さん!」

「そうだよー。農家さんだね。何を作ってるのかな?」

「うーん……パイナップル!」

「パイナップルかぁ……流石にパイナップルは育ててないかなぁ」


パイナップルは凛の大好物だ。しかも酢豚のパイナップルも好きな珍しい子である。



「こんにちは!!新しく引っ越してきた羽衣です!!」


畑作業をしている人に挨拶をする。農作業だけあって、前腕の筋肉はスポーツ選手みたいに綺麗に付いている。


「……あぁ、君が新しい子かぁ!!」


クワを地面に突き刺した。額の汗を拭いながら、桃也と凛に歩み寄ってくる。


傷だらけ。それでいてマッチョだ。背丈は低めだが、筋肉が恐ろしいほどある。そんな見た目が怖いからか、威圧感を桃也は感じた。


凛も感じ取ったのか、桃也の後ろに隠れる。まぁ初対面の怖いお爺さんと流暢に話せる5歳児などいない。


「こら――」

「いいよいいよ……お嬢ちゃん名前は?」

「……凛」

「いい名前を付けてもらったな。おじちゃんは龍三りゅうぞうってんだ。かっこいい名前だろ?」

「――うん」


龍三は爽やかな笑みを浮かべて凛の頭を撫でた。凛も怖がることはなく、されるがまま撫でられている。


威圧感は変わらない。だが凛は恥ずかしそうな笑顔を龍三に向けていた。

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