3年夏~勇気と奇跡~
後日、3人で教育委員会の事務所へ行き、事情を説明し、担当の者と面会した。
「忙しい中、時間を作っていただき、ありがとうございます。今回僕たちが来たのは、僕が前にいた上条学園での出来事についての真実を、話しに来ました」
「こちらこそ、わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。それで、上条学園での真実とは、何でしょう?」
「はい。実はあの学園でははカースト制度があって、学園への寄付金が多いほどに上位の階級になり、一般の生徒は皆、下位の階級になってます。僕も下位の階級でしたが、去年に上位になった者が新たな制度を作って、上位専属の従者というのが出来ました。僕もその従者になり、最初は何も強制は無かったのですが…。だんだんと状況が変わって行きました。去年学園で生徒が屋上から飛び降りたことがありました、その理由もやはり、そのカーストによることが原因です。彼女は僕に親しく接してくれていたのですが、上位の者はそれが気に入らず、彼女に卑劣な行為をして追い詰め、、ネットにその動画も載せてます。
そのことが原因で、彼女は屋上から飛び降りて、…僕はその時、校庭からその現場を見てることしか出来ませんでした。…それから、暫くは報道機関関連の者達が学園を包囲してたので、その者達がいなくなる頃合いに、今度は僕への待遇が変わりました。上位の者は、僕をまるで玩具のように扱って、…屋上から飛び降りた彼女と同じことをされました。それ以降は、上位の者の言いなりになるしかなくて、僕は友人である彼が唯一証拠としてレコーダーに録音内容を、彼に渡してしまいました。だけど先日、彼女が病院で一生懸命頑張って生きようとしてるのを見て、僕も負けてられないと思って、こうして話すことを決めました」
所々声が震えて、涙が零れそうになりながらも、一生懸命話している俊の姿を見て、敦也も圭も見守り続け、担当の者も真剣に話を聞いてくれた。
「全てを話してくれて、ありがとう。今までよく耐えたね。よく頑張った」
そう俊をねぎらって、敦也と圭に対しても、「よく支えてくれた」と感謝の意を示した。
そして暫く考え、「没収された物は恐らく、証拠隠滅のために削除された可能性が高い」と言い、同時に、「その少女に対する動画のデータは、まだ残ってますか?」と尋ねた。
ネット上のデータは既に人的侵害と判断されて削除されてしまっている。
だが、敦也は念のため証拠になると思って、スマホのSDに保存していたのだった。
そのことは話していなかったので、誰も知らない情報だが、唯一の証拠としては充分にある。
「それがあれば確実に刑を科せられる」
そう話して、早速、担当者は警察にも通報し、同時に学園の内部調査を行うことも言ってくれた。
これでようやく、全ての真実が、公の下にさらされることになったのだった。
数日後、テレビ特番で上条学園の内部告発と、カースト制度の現状、及び教師達による暴挙が報道され、世間はその話で持ちきりだった。
その報道をテレビで見ながら、俊はそっと彩希に呼びかける。
「…全部、真実が公にされたよ」
あれから毎日のように彩希の病院へと足を運び、容態の安定してきた彩希見ていた。
その手には、折鶴が途中まで折られている。
教育委員会からの連絡があったあと、圭が提案し、皆で千羽鶴を折って、彩希が早く目が覚めるように祈ろうという事になった。
不器用な俊が折った鶴は、少し歪になってしまったが、弥月も一緒に折ってくれて、もう少しで完成しそうだ。
彩希が屋上から飛び降りてから、もう少しで1年になる。
外はすっかり初夏に移り変わり、強い日差しが照りつけている。
何人かは半袖になっている者もいるが、リストカットの痕を隠すためもあって、俊は長袖にリストバンドを着けている。
あれ以来、俊が自傷行為をすることはほとんど無くなっていき、少しずつだが、薄くなっていく傷痕を見ながら、俊自身も、もうやめようとそっと心に誓った。
そして、それからまた日は過ぎて。
報道が真実であると証明され、学園は訴えられ、学園長を含め、多くの職員が厳重処分となり、中には失職する者もいた。
カースト制度でイジメが発生していたことも問題視され、実際にイジメを行っていたグループには暴行罪と脅迫罪を科され少年院へ送致されることが決まり、上位である章裕に対しても同様の処分が下された。
同時に、俊を脅していた動画のデータも彼自身によって全てを削除し、俊と彩希に対して謝罪と慰謝料を支払うように命じられた。
さらには、生徒の一部で転校する者もいたが、転入先で上条学園の者だと分かると、冷たくあしらわれることがあった。
さすがにこれは風評被害ではあるものの、見て見ぬフリをしてきたものへの制裁とされ、世間は全てを悪と判断したのだった。
この報道に心を痛めながらも、俊は彼らを赦すことはしないと決めていた。
自分がしてきたことを認め、社会的制裁を与えられたことで、考え方を改めて欲しいと、そう願っていた。
だが、暗い話ばかりではなかった。
少しずつではあるが、彩希が反応を示すようになっていたのだ。
手を握ると握り返してくることもあり、医師からも、もう少しで意識が戻る可能性が高いとも云われて。
俊はその日を、待ち続けた。
そして迎えた、七夕の日。
病室には完成した千羽鶴と一緒に、折り紙で作った小さな笹に、皆の祈りが書かれた短冊を飾った。
―――どうか、水瀬が目を覚ましてくれますように。
俊は祈り続けて、暗くなっていく空を見上げた。
空にはうっすらと星が煌めきだして、天の川もはっきりと見えるようになっていた。
そしてもう一度、星空に願った。
―――この命を、半分でも分けられるのなら、彼女に分けてください。
そして、もう一度、彼女の笑顔が見れますように、と。
その祈りは届き、彩希はゆっくりと、長い眠りから目を覚ました―――。
「みな、せ…?!」
俊が呼びかけると、彩希は小さな声で「架山君…」と答えていた。
意識を戻した彩希に、俊はこらえきれずに泣き崩れた。
その後、圭も敦也も駆け付けて、皆が安堵の表情を浮かべた。
医師も駆け付け、「奇跡だ」「よく頑張ったね」と言い、経過を診て、問題なしとされて、一般病棟に移ることになった。
ずっと眠っていた後遺症で、上手く身体を動かせないながらも、彩希は「心配掛けて、ごめんね」と微笑みかけて。
俊もまた、「全部、終わったよ」と全てが公にされたことを話した。
それから、日々は目まぐるしく過ぎていく。
彩希が目覚めたことにより、奇跡の生還者と特番で報道され、世間からも応援と励ましのメッセージが彩希に届くようになり、また同時にカーストでのイジメがここまで深刻さされていることが問題視され、評論家の間でも「現代社会における格差が生み出したもの」「彼女の生還は周りのサポーターがいたかの奇跡だ」「いじめ問題を軽視指定が学校の膿が明るみに出された結果だ」と様々な意見が飛び交った。
中には、「悲劇のヒロイン気取りかよ」と批判する者もいた。
だが、そう言う者もいるとして、俊はありのままを受け入れると、誓った。
俊も彩希も、今回のことで心に負った傷は一生癒えることは無いかも知れない。
だが、これからの人生も決して辛いものばかりでは無い。
なぜなら、彼ら派に心強いサポーターが付いている。
圭と敦也だ。
2人はどんなことがあっても、周りに何と言われようとも、俊と彩希を守る続けてきた。
そんな彼らがいたからこそ、俊も彩希も前を向いて歩き出すことが出来た。
イジメという、底の見えない暗闇から。
しかし、世間は狭くて広い。
今この瞬間にも、まだ残酷なイジメで悩んでいるものもいるかもしれない。
その人に、少しでも励みになるならと、懸命にリハビリを続けて、少しずつ自由に身体を動かせるようになっていった。
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