~容態急変~

結局それから何も変わらない日々が数日続いた。

しかし、状況は確実に、悪化していく一方だった。


上条学園では、新たに章裕の専属従者が指名されるものの、皆その処遇に耐えきれず体調を崩したりしていた。

さらに、敦也の待遇も、今回のことでカースト順位が落とされて最下位の下僕候補になろうとしていた。


一方、俊もまた 特に目立った変化はないが、圭はまだ何か隠してるかもしれないと、いろいろと探りを入れていた。

放課後に自習用のプリントを職員室へ提出した俊が、帰宅していくのを確認し、それを見計らって、美沙都に問い掛けた。


「俊の奴、何か変わった感じはない?」

「何かって?」

「う~ん…上手く説明出来ないんだけど、何かまだ抱えてるモノが他にもあるみたいに思えてさ。気のせいかもしれないけど…」

「そうねぇ…。私が見てる時は、そんな風には感じなかったけど」

「なんか、アイツ見てると、危なっかしくてしょうが無いって言うか。何て言うんだろう…?ほっとけないって、そんな感じになるんだよ」

「ふふ…。架山君のこと、大切に思ってるのね」

「…別にそんなんじゃ無いけど。でも、アイツの苦しんでる姿は、もう見たくないんだ」

「……そうね。私も職業柄、困っている生徒は放っておけないし。少しでも力になってあげたいって思うわ。」

「俺、俊にまた昔みたいに、笑ってほしかっただけなのにな…」

「…そうね。私も架山君が、心から笑ってくれる日を願っているわ」


そんなことを話し合っているとも知らず、俊はいつも通りに帰宅し、ベッドに寝転がって休んでいた。

敦也の処遇についてあれから何も連絡は無い。

つまりは、まだ下僕候補ではあるものの、完全に下僕になったわけでは無いと言うことだ。


―――大丈夫、敦也ならきっと…。


そう思う自分に気付いて、何を心配しているのか?と、もう一人の自分が問い掛ける。


『何を心配しているの?裏切った相手のこと、許せるの?』


―――…許せるかどうか、分からない。でも…敦也なら大丈夫だって思うのは確かで。


『そう思うのは、慈悲の念から?それとも、罪滅ぼしの念から?』


―――それも、分からない。でも…たぶん後悔はしてるんだと思う。

もう一度、やり直せるなら…。なんて、出来るわけないのに…。


そう自問自答している間に、時間は過ぎていって。

夕刻になったところだった。


突然、俊のスマホに着信が入った。

相手は、彩希の母親だ。

転校前に、彩希の両親が見舞いに来ていた時に、もし何かあった時に連絡すると番号を聞いていたのだった。

俊は慌てて電話に出ると、「どうかしましたか?」不安を隠せなかった。


『彩希の容態が悪くなったらしいの。すぐ来られる?』

「…っ!!分かりました、すぐに行きます」


そう言って、すぐに仕度を調えて、タクシーを拾い、県境の彩希のいる病院へと急いだ。


病院へ着くとすぐに受付に確認し、集中治療室へと案内され、彩希の両親と会った。


話を聞くと、一時的に呼吸と脈が弱くなり、安定させるための処置を施しているとのこと。

心配する両親に、どう声を掛ければ良いのか分からずにいると、あとからぱたぱたと誰かの足音が聞こえてきた。

誰だろうと、足音の方に視線を向けると、敦也と圭が走ってくるのが見えた。


「水瀬は?!」

「一時的に、呼吸と脈が弱まってるらしい。…今、中で詳しく診てもらってる」

「そうか…」


そう言って、圭は「どうか良くなりますように…」と両手を組み、祈りの恰好をとっていた。

敦也の方は、久しぶりに会う俊を見て、何か言いたそうだったが、彩希の両親がいる手前、どう話を切り出そうかと悩んでいた。


「すこし、場所を変えようか」


俊からそう切り出して、彩希の両親に挨拶してから、入り口側の待合所に移動した。


「で?今頃になって…何のつもりだよ、敦也」

「………」


冷たい視線を送る俊に敦也は返す言葉が見つからず、代わりに圭が答えた。


「心配で来たに決まってんだろ!?何でそんな言い方すんだよ」

「圭には聞いてない」

「ごめん…。でも、本当はずっとなんとかしなきゃって思ってた。…水瀬にも、悪いことしたって思ってる」

「………」

「それにお前、…まだあのことが終わってないんだろ?」

「っ…!?」

「…あのことって…?」

「処刑動画を撮られてたのは、水瀬だけじゃないんだ。俊も、やられてるんだよ。あいつらに…」

「それ以上言うな!!」

「………、あの動画、まだあいつらが持ってるんだろ?それで、今もあいつらに脅されてるんじゃねーのか?」

「…動画って……。何だよそれ…。お前…、なんでそのこと言ってくれなかったんだよ!!」

「…言えるわけ無いだろ!あんなことされて、平気でいられる奴なんて、いるのかよ!」

「っ!!」

「………」


俊と敦也は互いににらみ合い、圭は2人の様子に戸惑っていた。

同時に、こんなにまで感情的になっている俊を見て、驚いていた。

それほどまでに、俊の中であのことが重荷になっているのだ。

その事実を知って、圭はやるせない気持ちだった。

それでも、敦也は思いきって本音で想いぶつける。


「お前、こんなんじゃ、一生あいつらの言いなりになるんだぞ!本当にこのままで良いのかよっ。…はっきり言えよっ!」

「………だったら…。なんで“あの時”突き放したりしたんだよ…っ。…今更、お前に何が出来るっていうんだよ?」

「…っ」

「もう良い…。いらない…っ。友達なんかいらない…っ!!お前なんか、友達じゃねえ!!」

「っ!」


―――バシッ


暴言を吐く俊に、圭は反射的に、頬を叩いた。


「…俊、今のお前、はっきり言って最悪だよ。そんな姿、水瀬さんが見たら、何て思う?」

「…っ!」

「いい加減にしろよっ!お前、こんなにも心配してくれる奴が、友達じゃなかったら何だって言うんだよ!」

「………っ」

「なぁ、もっと素直になれよ。お前も本当は、こんな事終わらせたいんだろ?このままじゃ中條さんも、水瀬さんも、俊も、それに、今学園にいる、お前の代わりになってる奴も、誰も救われない!!」


そう言われて、俊は返す言葉が見つからなかった。


―――その後、看護師が俊達を見つけて、呼びに来た。


「水瀬さん、持ち直しましたよ」


その言葉に、皆、急いで彩希のところへと駆け付けた。

以前よりだいぶ衰弱しているように見えるものの、微かに動く様子を見て、俊は張り詰めていた糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。


「…水瀬さんも、必死で生きようと頑張ってるんだ。だから、俊。お前も少しだけで良いんだ。勇気を出してくれ…。俺たちが支えるから、お前から直接、訴えて欲しいんだ」


圭の言葉に、敦也もうなずき、俊は躊躇うも、目を伏せて悩んだ。


―――分かってる。今一番頑張っているのは、彩希だ。

賢明に生きようとしている。

なのに、自分は何をしているのだろう…?


このまま、章裕に怯えて一生言いなりになり続けていくのか?

そんなのは…嫌だ!


そう決意し、俊は顔を上げ、はっきりと意思を示す。


「…分かった。僕も、頑張るよ」


そうして、ふたりに協力することを約束し、学園を訴えることを決めた。

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