~噂~
授業が始まってからしばらくのこと。
始業式以来姿を見せない俊に、クラスメイト達は疑問に思っていた。
きれいな転校生が来たと、他のクラスから女子生徒が何度か教室を覗きに来てはいたが、姿が見えないことから、がっかりしたように帰って行く様子をみて、クラスメイトもさすがに何か理由があるのかなと、疑問を抱き始めた頃だった。
ある生徒が、俊が保健室登校をしていることと、ある情報を持ち込んできたのだった。
「架山がいた前の学校、上条学園で、去年屋上から飛び降りた生徒がいて、今も意識不明らしい」
その話に、圭も最初は耳を疑った。
そして数人の生徒が、話を聞こうと圭に聞いてきたのだった。
「架山のいたクラスの子らしいけど、イジメが原因で自殺未遂なんじゃないかってさ、本当なのか確認したくて…」
「何だよ、それ、なんでそんなこと聞くんだよ?もし、その子が俊の知り合いだったらどうすんだよ!」
「…っ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど…。気になって、つい」
「つい、じゃねえよ!お前ら。それに俊にそんなこと聞いても、答えてくれるわけねえだろ?」
思わずカッとなって叫ぶ圭に、クラスメイトが一瞬驚き、相手の生徒も「ごめん、もう止めるわ」と言って去っていった。
しかし、ここは小さな町の唯一の中学だ。
その噂はクラスだけに留まらず、学年全体に、そして学校全体にまで、拡がっていった。
たまたま怪我をして保健室に来ていた生徒に見つかり、俊は頑なに背を向け拒絶し、保険医の来栖美沙都(くるす みさと)も、「用が済んだら、さっさと戻る!」と一喝し、極力俊を他の生徒と一緒にさせないように注意していた。
その都度、俊は奥に設置されたベッドの上で踞り、訪問者から逃げるように、息を潜めていた。
それでも心無い生徒が弥月のクラスにも詰め寄り、真相を聞き出そうと根掘り葉掘り探りを入れてきた。
この事にさすがに教師達も動いていた。
「根拠のない噂で、相手を追い詰めるようなことをしてはいけない」
そう厳重注意をし、保健室や弥月のクラスへの不要な訪問を禁じた。
しかし、今度は掌を返したように、クラスメイト達は俊と弥月を腫れ物に触るような態度をとるようになっていった。
普通に話しかけることも、連絡事項を伝えることすら、怪訝な表情をされて、完全に仲間外れの扱いになっていたのだった。
そのことが原因で、次第に弥月は体調不良を理由に学校を休み、やがて不登校気味になっていった。
そして俊もまた、ずっと息を潜めるようにしていたが、心労が溜まり体調を崩し、早退する日が多くなっていった。
結局、それ以来学校へ通うことが困難になり、俊と弥月も完全に不登校になってしまう。
やがてその噂は学校だけではなく、その地域の大人達にも伝わり、俊の両親は近所からも異端の目で見られるようになっていった。
「その噂が本当なら…。俊、お前が心を病んでしまったのも、その子のことが気がかりなのか?」
「………」
両親に話を聞かれて、俊はどう答えれば良いのか分からず、俯いたまま返事に困っていた。
「…まだ、気持ちの整理が付かないから…。少し、時間がほしい」
それだけ言って、俊は部屋に戻ると扉に寄り掛かったまま座り込み、頭を抱えた。
両親にまで迷惑を掛けてしまったこと。
弥月にも、嫌な思いをさせてしまったこと。
全てが、自分の弱さの所為であること。
その苦しみに次第に息苦しさを感じていると、自然と身体が動いて。
気付いたときには、右手にカッターを持って、またリストカットをしている自分がいた。
(…もう、疲れた………)
目を閉じて、ふと机の方へと視線を向けると、サイドボードに飾ってある写真に目を留める。
その写真は、去年敦也と甲斐がふざけて俊と彩希が一緒にいるところを隠し撮りしていたモノだった。
優しく笑い合っている二人。
せめてもの思い出にと、甲斐が渡してくれたのだ。
そして唯一、彩希と一緒に写っている写真は、これだけだった。
その写真を見て、俊は再び目を伏せ、小さく「水瀬…ごめん」と呟いた。
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