2年冬~環境の変化~

年が明け、冬休みが終わるころ。

俊と弥月が、父親から話があると言われて、リビングに集まると、深刻そうな父の表情を見て、何かあったのかと察して。

不安を抱きつつ、弥月が「何かあったの?」と父に問うと、どこか言いづらそうに少しずつ話を始めた。


「少し前から、会社の経営がうまく行ってないみたいでな…人員整理を行うとの通達が来たんだ。まあ簡単に言えば、リストラを行うと言うことだ。もし希望があれば、地方の子会社へ移動するか、自分から退職するかを選べとのことらしい…」


それは、父親の勤める会社が経営悪化に陥った為、リストラ対象になったとのことだった。

その上で、父親は地方への移動を検討していると告げ、二人に転校することになると言うことを告げたのだった。

元々父親の仕事の関係で、地方転勤を2・3回したことはあったが、今回はそうではなく、完全に地方へ移住すると言うことだ。

母親は無言で父の話を聞き、二人へと視線を向けた。

俊と弥月に、決めたほしいと言うことだ。


弥月は暫く考えてから「私は、別に構わないけど…」と言い、兄の方へと視線を向け、俊はそれでもまだ黙り込んだままだった。


「…異動希望の連絡は今月末までだ。それまでに、決めなさい」


そう言って父は俊に「お前もいろいろあるからな…」と告げ、「今日はこれでこの話は終わりだ」と、コップの水を飲み干すと、父はリビングを出て寝室へと入っていった。


そして冬休みも終わり、学園に登校した俊は、章裕へ転校の件を伝えるが、章裕からの返事は淡泊なモノだった。


「転校するしないは、別にどうでもいい。でも、もしこの学園でのことをバラすようなことがあれば、これ、あの二人に送るからな」


そう言って、例の写真で俊を脅し、口封じをするだけだった。


それからは、あっという間の出来事だった。

新年度に合わせて、地方への移住が決まり、俊と弥月は学園に転校の手続きをし、3月末に引っ越しが決まった。

結局、あれから敦也と甲斐とはあまり会話も出来ないまま、俊は学園を去ることになった。


引っ越しの前日。

俊はある場所へやって来た。

彩希が眠っている病院だ。

引っ越す前に、顔を見ておきたいと思い、転校の報告も兼ねて、会いに来たのだった。


「………」


無言で彩希を見つめる俊の表情は、どこか悲しそうで、切なそうで。


――――また、くるから。


そう心で告げて、俊は病室を出て行こうとした。

その時、入り口に誰かがやって来た気配を感じて。

誰だろう?振り返ってみると、そこにいたのは、甲斐だった。


「………」

「………」


互いに無言のまま、目が合ってもすぐに視線を逸らす、気まずい空気の中。

先に言葉を発したのは、甲斐の方だった。


「転校、するんだってな…」

「…………うん…」

「…そっか………」

「………」

「………」


再び無言になり、再び気まずい空気が漂う。

俊はなんて言えば良いのか分からずに困っていると、ふと、甲斐が彩希の方を見て呟いた。


「あれから、半年が過ぎてるんだよな…。まだ、意識が戻る気配はないのか?」

「………」

「……状況的に、目を覚ましたくないって気持ちがあっても、おかしくないもんな…」

「………」

「なんで、水瀬がこんなに成っても、教師達は何もしないんだろうな…。戸田先生以外、見舞いにも来ないなんてさ。あんまりだろ…」

「………」

「俺、なんでこんな学園に残ってるんだろうって、時々思うんだ。さっさと転校でもして別の学校行って、毎日普通に楽しく過ごせれば良いのにって、思ってるのに…」

「………」

「バカだよな。こんな中途半端な気持ちで、いつまでもグダグダ悩みたくないのに…。でも、水瀬はいつだってまっすぐで、自分の気持ちに正直でさ。少しだけ、羨ましかったんだ。尊敬もしてた。周りにどう言われようとも、臆せず立ち向かってる姿を見てると、俺も頑張らなきゃって、思えた。なのに…」


甲斐は俯き言葉を詰まらせて、拳を握った。


結局そのまま甲斐は何も言わずに、その場を去って行った。

その夜。

久しぶりに敦也から俊当てにLINEが届く。


「…え?」


そのメッセージの内容を見て、俊は思わず、声を漏らした。

その内容は、こうだった。


『甲斐も引っ越すことになったらしい』


どうやら、甲斐の親が勤めていた会社が、俊の父親がいた会社の系列らしく、同様に地方への転勤を宣告されたのだそうだ。

もしかしたら、水瀬に会いに来たのも、最後の別れを告げるためだったのかもしれないと、今になって思い知った。

結局、皆がすれ違ったまま、バラバラになってしまう。

でも、これ以上どうすることも出来ず、俊は仕方なく、敦也に『連絡ありがとう』と返信を送るだけだった。


翌日。

引っ越しの作業も順調に終わり、最後の荷物を業者に頼み、必要最低限の荷物だけ持って、俊と弥月は父親の車に乗り込んだ。


「これで、良かったのかな…?」


ふと、弥月が呟く。

その手には学園の学生証が握られていた。

俊は窓の外を見つめ、小さく息を吐いた。

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