2年秋~痛み~

文化祭が近づき、生徒たちは展示物への作品作りをしている時だった。

家庭科の授業で裁縫をしていると、ジョーカーグループの数人が騒ぎ出し、ひとりが俊にぶつかった。

ぬいぐるみを作っていた俊は、その反動で針を指に刺してしまう。


「あ、悪い」


ぶつかった一人が謝るが、俊は無言のまま、針で差した指を見つめていた。

その指にはじわりと血が滲んでいる。

しかし、俊は不思議に思っていた。


(…痛く、ない…?)


ぼんやりとしている俊に、家庭科の教師は「架山、さっさと消毒してこい」と声を掛ける。

それでも動こうとしない俊に、教師は仕方なく、敦也を指名して保健室に連れて行くように指示した。


「ほら俊、行くぞ…」

「………」


敦也が呼びかけても、返事をしない俊。

仕方なく傷口をティッシュで抑え、俊を引っ張って保健室まで連れて行くが、あいにく結依が不在だったため、代わりに敦也が手当をすることになった。


「バカ俊。さっさと消毒しなきゃバイ菌入るだろ?」

「………」

「いつまでボケっとしてんだよ…これで良し!ほら、さっさと戻るぞ」

「………」

「…俊?」


いつまでも返事のない俊に、さすがに心配して声を掛ける敦也。

ふと、俊が顔を上げたかと思うと、徐に、結依の机の上にあった文房具の入ったケースに手を伸ばす。

何をするのかと、敦也は様子を窺っていると、俊はケースの中からカッターを取り、そのままカチカチと刃を押し出すと、そのまま左手の甲にカッターの刃を宛がった。


「俊っ!!」


バシっと俊の手を祓い、カッターを振り払うが既に遅く、俊の左手の甲は一筋の赤い線が付けられ、じわりと血が滲んできていたのだった。


「何やってんだよ、お前…!!」

「…なんで…?」

「なんで、って何だよ?バカかお前…」

「痛く、ない…敦也、…なんで?」

「え…?何言ってるんだよ………」


俊の言ってる意味が理解できず、とりあえず敦也は血の滲む左手を掴んで、すぐに止血した。

幸い傷は浅く、血はすぐに止まったものの、俊は相変わらずぼんやりとした状態だった。

暫くして結依が保健室に戻ってきて、状況を聞き、俊をこのまま保健室で休ませることにした。

そしてそのまま、俊は早退することになった。


そしてそれから数日後。

今度は英語の時間。

英語の担当教師が教科書の英文を読み、生徒たちはそれを目で追っていく。

そんな中、俊は一人カッターで消しゴムを細かく刻んでいた。

そして徐にカッターの刃を押し出し、今度は掌に刃を握るように持ち、そのまま横に滑らせた。


だがやはり、痛みを感じることがなく、俊は血で真っ赤になった掌をぼんやりと見つめていると、異変に気付いた隣の女子生徒が短く悲鳴をあげた。


「なんだ、どうした?」

「先生、架山君が…!!」

「ん?架山…お前、どうしたのその手!!」

「………」


英語教師が言うと、クラスメイトが騒ぎ出し「うわっ」「きゃー」とざわつき始めた。


「架山、とりあえず保健室行ってこい!」

「………」

「おい、架山!聞いているのか?!」

「………」


相変わらずぼんやりしている俊に、見ていられなくなった敦也が立ち上がり、俊の元へと駆け寄る。


「俊、お前…また……」

「…なん、で…?」

「え?」

「…何で…?痛くない…ねぇ、何で?」

「俊………」


そうこうしてる間にも、俊の左手からは血が滴り落ち、教科書とノートに真っ赤な染みが広がっていく。

それでもなお、俊はカッターの刃を左腕に押し当てて、さらに傷を増やしていく。


「マジかよ?」

「気持ちわる…」

「ありえねぇ」


クラスメイトたちはざわつき、次第にそれが異様な光景だと知ると、まるで異端者を見るかのように俊を見つめていた。


「あいつ、変だよ。マジ頭おかしいんじゃねぇの?」


そんな声が聞こえて、俊は突然クスクスと笑い出した。


「おかしい…?…そうか。僕、おかしいんだ………。ふふ、そう、おかしいよ。ねぇ、敦也…」

「…俊?」

「ふふふ…、おかしい………おかしいんだよ、僕。………痛く、ないんだから…おかしいでしょ?」

「…っ!?」


まるで気が狂ったように、笑いながら左腕にカッターを押し当てていく俊。

敦也もさすがに怖くなり、後ずさってしまう。

それを見た俊は、一瞬首を傾げ、そして「あはは…」と笑いながら、意識を失った。


「おい保健委員!戸田先生呼んでこい!!」


英語教師が叫ぶと、一瞬にして教室内はパニックに陥り、駆け付けた結依は、すぐに救急車を呼び、俊は病院へ搬送された。


病院へ搬送されると、すぐに救急室へ運び込まれ、傷の手当てをして血は止まったものの、俊の意識はすぐには戻らなかった。

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