~悲劇の幕開け~

ある晴れた日の事。

体育の授業中、校庭で準備運動をしていた生徒が、ふと屋上を見上げて。

そこには、その日、欠席の連絡があった彩希の姿があった。


「おい、そんなとこで何してんだよ!」


気付いた生徒が大声で叫ぶと、周りにいたクラスメイトは何事かと、皆、屋上を見上げた。

俊も騒ぎに気付き、屋上の方をみると、彩希は既に、フェンスを乗り越えているところだった。


「………水瀬?!」


生暖かい風が髪を靡かせて。

彩希は屋上の端に佇み、無言で校庭を見つめている。

その表情は悲しみと憂いに染まり、その眸は涙に滲んでいた。

そして、俊の姿を見て、一瞬だけ笑みを浮かべると…。


「―――ごめんね、架山君……」


そう呟き、その身を宙に飛ばした。

鈍い音が響き、一瞬にして血だまりが出来、その中で彩希は倒れ伏していた―――。


突然の光景に生徒達は皆悲痛な叫びを上げ、その場はパニックに陥った。

俊は一瞬、何が起きたのか理解出来ずに、血だまりに倒れ伏した彩希から目をそらせずにいた。


(―――何…これ…?)


生徒達の叫び声に教師達が駆け付け、状況を知るや否や、これ以上この光景を生徒達に見せてはいけないと判断し、至急教室へ戻るように指示を出すも、パニックに陥った生徒達はその場に佇み、動けずにいた。

ただひとり、俊だけが、フラフラと彩希の元へと歩いて、血だまりの中にいる彩希に呼びかけていた。


「み…な、せ…?」


そっと手を差し伸べ、彩希の頬に触れるも、彩希は既に意識を失っていて…。

状況を理解出来ずに、俊は何度も、彩希の名前を呼び続けた。


「水瀬…起きろよ…」

「なあ、水瀬…。何してんだよ…?……水瀬…」


返事の無い彩希に、俊の眸が次第に曇っていく。

駆け付けた養護教員が、俊の行動に気付き、駆け寄るが、それでも俊は彩希の名前を呼び続けていた。


「架山君…もう見ちゃ駄目よ。あなたも早く教室に戻りなさい…」


俊の肩に手を置き、声を掛けるが反応が無く、相変わらず、彩希の名を呼び続けている。

その様子に、養護教員は無理矢理、彩希から目を逸らさせるが、俊の目には、彩希の姿が焼き付いていて…、既に焦点が合っていなかった。


「架山君…!」


そのまま、俊はショックで意識を失い、養護教員はすぐに救急車を呼び、病院へ駆け込んだ。

幸い、彩希は一命を取り留めるが、油断出来ない状況に変わりはなく、俊もまた、暫く意識が戻らなかったが、彩希が集中治療室へ移された後になって、意識が戻った。

しかし、目の前で彩希が飛び降りる瞬間を目撃しているため、ショックが強すぎたのか、誰が呼びかけても反応を示すことが無かった。

医師からも、「トラウマになっている可能性が高いので、注意してください」と言われ、付き添っていた養護教員は表情を曇らせた。

事実、意識が戻ってからもずっと、俊は繰り返し繰り返し、彩希の名前を呼び続けていたのだった。


その頃、学校では教師達の緊急会議が行われていた。

しかしその内容は、彩希の飛び降りを隠蔽しようと、裏で圧力を掛けるモノだった。


「まさか、飛び降りるとは…彼もまた変な気を起こさなければ良いのだが…」

「やはり、あの動画のせいでしょうな。流石に我々も注意が足りなかった。…こんな事になるなんて」

「架山俊は事実上最下位の者でしょう?飛び降りた水瀬彩希が庇っていたとのことだが、どちらも、自業自得なのでは?」

「しかし、教育委員にはどう報告すべきか…?流石にこの階級制度のことは伏せませんと」

「その点においては、こちらで処理しておきます。まずは生徒達の行動に注意すべきでしょう」


などと、何とも身勝手なことばかりを口にし、誰ひとりとして彩希の無事を祈る者はいなかった。


翌日、全校集会が開かれて、校長が生徒達に、彩希のことを告げる。

が、その内容は嘘で塗り固められ、さらには「カースト制度の件は外部に話さないこと、また、下民の身である俊を手助けする者は反逆者と見做す」等、卑劣な発言をしていた。


後日、マスコミなどの記者会見でも、校長を含め数人の教師が、「飛び降りた生徒にイジメなどは無く、あくまでも個人の問題であった可能性が高い」とコメントし、「悩みに気づけなかった我々にも落ち度があった」「もっと早く、悩んでいることに気づくべきだった」と、あくまでも彩希に対して加護するようなコメントをし、同情を買うような場面もあった。


警察からの事情聴取も、全ての真実を隠され、偽の情報だけが公にされていく。


そのことに、俊は憤りを感じるものの、自分だけでは非力すぎて、何も出来ずにいた。

例え、真実を話したところで、また圧力を掛けられもみ消され、最悪、自分が悪者にされ兼ねない。

そんなもどかしさから、俊はますます無口になっていき、心に深い傷だけが刻まれていく。


それでも、やはり階級制度とイジメは終わることは無く、その後も続いていた。


「水瀬の奴、意識不明なんだって」

「いい気味だろ?それより、アイツはどうするかな?」

「何も出来ないだろ?下僕は下僕。俺たちが何も言わなきゃ、それで良いんだよ」


生徒達の間で、彩希のことが噂になるも、俊に対しては今まで同様、下僕扱いしていた。

庇ってくれていた彩希の存在が無くなった今、俊は格好の生け贄になっていた。


それから夏休みに入り、また別の事件が起きて、そちらの方へと報道陣が詰めかけ、休み明けの学園には平穏が戻りつつあった。

しかし、実際には平穏とはほど遠い現実が、俊には待っていた。


報道陣のいた期間、下手に行動を起こせずにいた章裕が、むしゃくしゃして、その鬱憤を晴らそうと、またある企みを企てていた。

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