2年春~新制度~
それからまた季節は移り変わり、春。
学年が変わり、新しくなった女王様・桐生寧音(きりゅう ねね)の気紛れで、お気に入りの生徒を直属の従者にするという、新たな制度が敷かれるようになった。
その直属の従者になった者は、ランクに関係なく、寧音の気紛れに振り回され、言う事を聞かなければならなかった。
最初のターゲットは、俊のクラスメイトで、ジョーカーの一人だった。
最初は戸惑いながらも、どうせただの遊び相手だけだと思い込み、逆に寧音に近づける権限を持つ事が出来たと、彼自身もまた楽しんでいた。
だが、そんな軽はずみな思いでやれるものでは無いと知ったのは、彼がどん底に落ちてからのこと。
寧音は本当に気紛れで、最初は昼食を買いに行かせたり、宿題を代行させたりと、単純なものだった。
しかし、次第に要求は大きくなり「足が疲れたからマッサージしろ」「靴が汚れたから舐めて綺麗にしろ」といった内容へとエスカレートしていった。
そんな要求にひたすら応えて彼も、次第に体調を崩し始め休んでしまう。
「使えない玩具ね」と寧音は呆れ、次の従者を指名し、その生徒もまた、残虐な要求に耐えられずに体調を崩し休んでしまう。
そして次のターゲットにされたのが、俊だった。
女王様直属の従者に、拒否権はない。
そんなルールもあって、俊は断り切れずに、寧音の要求に応えていった。
少しだけ中性的な顔立ちが女王様の好みだったようで、その顔をなで回したり、頬に口付けたりと、とても気に入っている様子だった。
まるでお人形遊びをするかのように、寧音は俊をただ連れ回して見せびらかせるだけに留まり、俊も寧音の機嫌が良い事を素直に喜び、希に笑顔を見せ、それがまた寧音にとって一番の祝福にも成っていた。
「俊君って、本当にいい子ね。寧音、すごく幸せだわ。可愛いし、忠実だし、もう本当に最高よ!」
「ありがとうございます。お気に召していただき、僕も光栄です」
「もう、そんなに畏まらないで~。寧音、俊君のこと大好きだから!」
「僕も寧音様のこと、大好きですよ」
そう言い、はにかんだ笑みを浮かべる俊に、「可愛い!」と連発しながら抱きつく寧音。
そんな寧音のお遊びを、新しい王様・椙澤章裕(すぎさわ あきひろ)はつまらなく思い、次第にちょっかいを出し始めた。
「お前の妹もこの学園に入ったんだってな。バカな親だよな。兄がどんな思いでこの学園を過ごしているのか知りもしないで、妹も在籍させるなんてさ」
「まあ、そんな事はどうでも良いけど。お前の妹、俺の従者にしたらどうなるかな?」
そう言われて、さすがに俊は「それだけは許してください。僕があなたの従者にもなりますから、妹には手を出さないでください」と懇願し、自らを犠牲にしたのだった。
それを聞いた寧音は、「私の従者に手を出さないでくれる?」と怒り、章裕もまた、「こいつ自分から俺の従者にもなるって言ったんだぜ。別に強要させたわけじゃない。だろ?」と、俊に話を振り、何も言い返せない俊は、「僕から王様に懇願しました」と言うと、寧音は機嫌を損ね、「じゃあ、もういらない。次の従者を探すわ」と俊の元から去って行った。
結果的に王様の従者となった俊に、章裕は大いに喜び、早速俊を玩具にして遊び始めた。
(逃げたい…。でも、ここで逃げたら、妹にまで、被害が出てしまう…。何とか絶えなきゃ…!)
八方塞がりになりながらも、俊はなんとか妹の弥月(みつき)に被害がでないように、必死に耐え続けた。
そんなことが続き、俊の精神が少しずつすり減っていく。
そんな中で、俊の心を支えていたのは、同じクラスになった水瀬彩希だった。
昼休み、珍しく呼び出しの来ないことがたまにあり、そんなときは中庭の一角にあるベンチで休んでいる俊。
そこへ、彩希が声を掛けてきたのだった。
「こんにちは。隣、いいかな?」
自然に接してくれる彩希に、悪意は感じず、俊は隣に座れるだけのスペースを開けて、頷くと「ありがとう」と笑顔で返す彩希に、俊は少しだけ安堵の表情を浮かべる。
「ねぇ、今何してたの?」
「…特に、なにも」
「此処、静かで落ち着くね。もしかして、お気に入りだったりする?」
「…別に、そうでもないけど」
「そっか…」
そんな他愛のない会話をし、静かな風がふたりを撫でるように吹き抜けていく。
そしてふと、彩希はこんな事を言い出した。
「架山くん、本当はもうこんなこと、もう辞めたいんじゃないの? 無理してまですることじゃないよ。こんなの、おかしいに決まってる。この学園の生徒も、教師も、皆狂っているわ。こんなの普通じゃない!」
彩希の言葉に、俊は無言で耳を傾ける。
それは以前、自分も思っていたことで、でも、今は状況も立場も変わってしまって、なにも言い返せない。
「…そう思っていても、結局は何も出来ないじゃないか」
「そうね…でも、何もしないより、行動してから後悔した方が良いじゃない?」
「後悔…」
「そう。私ね、本当はこの学園、あまり好きじゃないよ。こんな階級が当たり前に存在していて、教師たちも黙認しているなんて。絶対納得いかない。いつかこの学園で起きてる事、世間に公にして、無くしたいんだ」
「…無理だよ、そんな事しても、結局は権力者によって捻伏せられるだろうし。何されるか分からないよ?」
「そうね、でも例えどんな事があっても、私は私の意思を貫くよ。だから、架山君も、どんな事があっても、絶対に諦めないで」
そう言い、彩希は俊に微笑みかけた。
前向きで、問題に真っ正面から向き合おうとする彩希の姿に、俊は淡い希望を持ち始めていた。
けれど、現実はそう簡単にはいかなくて…。
俊のスマホに、章裕からのLINEのメッセージが届く。
「………ごめん、呼び出しだ」
その言葉に、彩希は悲しそうな表情を浮かべて「また、話そうね」と言い、俊は微かな笑みを浮かべて別れを告げると、章裕に呼び出された場所へと急いだ。
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