第六話「約束と指輪」
――――――――――
「…はぁ…っ…はぁ…っ」
屋上まで来た。
……ここまで来れば大丈夫だろうか。
一人で居ないと邪魔が入るかも知れない。
邪魔が入ったらきっと、俺だけじゃなくて他の人まで殺されるだろう。
……それだけはだめだ。彩葉が悲しむ。
『本当にそう思い通りに事が進むとでも思ってるのか…?』
あの時のように、またもう一人の黒い俺が話しかけてきた。
(…大丈夫だ。だって父さんだって、彩葉の事には手を出さないでくれるって…。)
『……そうだったな。……そうやって言われた通りにだけ動いて、自分から何かをしようとした事なんて一度もない。』
黒い俺は、俺の事を追い込みにくる。
『……彩葉の笑顔を見ている自分以外の人達に "嫉妬" して、父さんに抵抗しようともせず、自分から行動する意欲すら出なかった "怠惰" な自分。………本当は分かって居るんだろう…?……散々自分のせいで犠牲者を出しておいて、自分の大事な人は助けたいなんて虫が良すぎる…って。』
「…っ…わ……分かってる…それでも俺は…っ…!!」
「……春人?」
彩葉が話しかけてきた。
………聞こえていたのだろうか。
「……彩葉。…どうしてついて来たんだよ。」
「話したいから……かな。」
彩葉はいつもより真剣な目をしていた。
「……話したところで何になるんだよ。」
「……なるほど〜…まぁ何となく察しはついてるよ。……―――…自分一人だけ死ぬつもりなんでしょ?」
「…っ……だったら…何だよ。」
「…………」
沈黙が続く。
彩葉は勘が鋭くて、全てを見透かしているようで………でも何故だが嫌な気はしなかった。
……もういっその事全てを見透かして、俺の事も救って一緒に逃げ出してくれたら……なんて。
「……どんなに協力したって、自分が死んだら意味ないじゃん。……自分が死んででも守りたいものって何?」
「……さぁな。……言わないって言ったろ。」
「……ねぇ、覚えてる?……あたし達さ、幼い頃結婚の約束とかしてたよね〜。……まぁ幼馴染とかでよくあるやつ。」
彩葉は昔の頃の話を始めた。
普通にただ遊んだり、笑い合ったりしていた頃。
「確か「将来大きくなったら、いーちゃんは僕と結婚してくれる…?」だっけ。……銀紙で折ってくれた折り紙の指輪…まだ持ってるんだよ。」
幼い頃に俺が折って渡した指輪を、彩葉はカバンから出して見せてきた。
「懐かしいよね〜。……ほらっ!見て〜!幼い頃の指のサイズだから全っ然入んない!」
彩葉は笑って見せた。
いつもとはまた違った笑顔。
……ああ、この笑顔は、クレープ屋に行く時に見せた笑顔によく似ている。
「…――――…それで、聞き耳たててるの気付いてるんだけどー?」
「…えっ?」
「……なっ……気づかれたか。」
「…話の邪魔をしてしまうのも申し訳ないので、ちょっと聞くだけなら大丈夫かなと思ったのですが……。」
「いやいやいや!聞き耳たてられた方が話しづらいんだけど?!」
翼と美月さんがこっそり話を聞いていたらしい。
「…何で…。」
「……まぁ他の二人も心配してるって事で。………今ならまだ引き返せるかも知れない。…本当は…死にたくなんてないんでしょ…?」
「……引き返せる訳なんてないだろ。………俺は犠牲者を出し過ぎた。今更のうのうとみんなで楽しく笑い合いましょう。…なんて、言える立場じゃねーよ。」
俺は関係のない翼や美月さん、他の参加者まで巻き込んでしまった。
………今更、後戻りなんてできる訳がない。
「……そもそも、翼や美月さんとかを巻き込んだのは俺で、理由がどうあれ裏切り者なのには変わりない。………裏切り者の命で何の罪もない人が助かるなら、それは良い事なはずだろ…。」
「………少なくとも…良い事だと思ってないから、あたしは止めようとしている訳だけど…。」
「…俺は絶対に許されない。……もし生き残ったとしても、最期は地獄行きだ。」
…確かに死にたくなんてない。
……でも、俺が巻き込んだ人達だって同じように死にたくなかったはずだ。
………俺だけ助かるなんて、許されて良い訳がない。
「…――――…あたしが、許してあげる。」
「…え…」
「もしも他の人が許さなくても、春人自身が自分を許せなくても、あたしが許してあげる。……だから、一緒に帰ろ?」
彩葉は明るい笑顔でそう言った。
――――…ああ、眩しいな。
この笑顔をずっと見ていたい。ずっと一緒に居たい。
………本当に…戻っても良いのかな…。
「―――…春人、お友達との別れは済んだか?」
「………父……さん……」
父さんが後ろから現れて話しかけてきた。
…そうだ、僕が協力したところで、父さんに勝てなければ全員死んじゃうじゃないか。
父さんの能力は「サイコキネシス」。
能力に限らずどんな攻撃も跳ね返してしまう。
「………無理だよ。俺の父さんの能力は「サイコキネシス」なんだ。………俺が協力したとして、たかが不死身な奴と、たかが回復ができるだけの人と、たかがナイフを操れる奴と、無能力な奴でどうやって勝つんだよ。」
「……僕が、僕の不死身の能力でどうにかならないのか?」
「……確かにお前は不死身かも知れない。……でも、彩葉と美月さんはどうだ?…不死身って言ったって、攻撃が効かない以上ただ死なないだけだろ。」
「……それは……」
翼は言葉に詰まっている。
………本当にバカな奴ら。……裏切り者の俺の事なんてさっさと諦めれば良いのに。
「………春人。」
「…―――彩葉、俺…貝塚 春人って幼馴染が居た事、忘れんなよ。」
「もう別れは済んだだろう。」
父さんは俺の首を絞めた。
「…ぐっ……くっ…苦…し…っ…」
「春人!!」
「邪魔はするなよ。」
父さんは俺の首を絞めながら、サイコキネシスの能力で岩などで攻撃を仕掛け、邪魔が入らないようにしている。
彩葉は、それを気に留めず俺の方を見ている。
……最初は、俺だけ生き残って彩葉とずっと一緒に居るはずだった。
彩葉が急に巻き込まれる事になってからも変わらない、俺と彩葉だけ生き残ることができれば良いと思ってた。
………でも、彩葉はきっとそれを望んでいないから。
彩葉が笑顔で居てくれさえすればそれで良い。………だからせめて、彩葉が幸せになれますように。
……―――…って、何で俺は彩葉のためにここまでしたんだっけ…。
…―――…ああ、そうか…多分…俺は彩葉のことを……。
今更気付くなんて…せめて最後に伝えておきたかったな。
段々と、意識が途切れていく。
………。
………せめて……最後に見る彩葉の顔は…笑顔が良かったな……。
「……逃…げ…」
せめて…彩葉だけでも…逃げきれると良いな…。
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