第5話 クラス分け

 入学前に下見としてグランス学園を訪れていたイレーナは、そこで平民の少女、リシリーと出会った。困っている彼女を助けるうちに次第に中を深めていった2人は、入学式当日も合流。揃って入学式に参加した。



「それでは、これにて入学式を終了いたします」

 新たな生徒たちの門出となる入学式は、つつがなく進行し、無事終わりを迎えた。


「では、新入生の皆さんはこれから第1校舎前に移動していただきます。そして第1校舎の前に、皆さんのクラス分けが成された紙が張り出されています。まずは皆さん、そこへ行き自分がこれから何クラスで学ぶことになるのか、確認してください。それでは、各々、移動をお願いします」

 壇の上に立っていた女性教師の言葉を聞くと、新入生たちは動き出した。


「あわわっ、み、皆さん一斉にっ!」

「うぅん。これは少しの間時間を置いた方が良いかもしれないな」

 生徒たちは各々席を立ち出口に向かう。動き出した生徒たちを前に、慌てるリシリーと。対照的に落ち着いた様子のイレーナ。


 2人は、生徒の数が減ったころを見計らって席を立った。

「行くぞリシリー」

「は、はいっ!」

 未だに緊張した様子のリシリーを連れて、イレーナは歩き出した。


 彼女達が向かったのは、数日前に2人が出会った場所でもある第1校舎の前だ。そこには大きなボードにこれまた大きな紙が張り出されており、そこには名前順に生徒たちの名前と、クラスが記入されていた。


 が、今はそのボードの前に大勢の新入生たちが群がるような状況となっていた。

「え、え~っと、私の名前は~~」

「う~ん。リシリーの名前があるとしたら、あっちの方じゃないか?どうやら名前順に張り出しているようだし」

「あっ、ほ、ホントですっ!すみません、私ちょっと見てきますねっ!」

「分かった。私も自分の方を見てからそちらに行く。待っていてくれ」

「はいっ!」


 お互い、自分の名前が書かれているであろう紙の方へと向かう2人。イレーナは、名前順で自分の名前が書かれているであろう紙の前に立つと上から自分の名前を探していく。


『イレーナ、イレーナ。あぁ、あった』

 名前の列を下っていくと、彼女は無事自分の名前を見つけた。

『クラスは、Aクラスか。上々だな』

 そのまま視線を横に動かしていくと、Aクラス、という記述があった。


 このグランス学園では、入学前に行われる筆記テストの結果に応じた大まかなクラス分けが成されている。Sから始まり、A、B、C、D、Eと6段階に分けられていて、Sクラスとなれば将来有望の天才たちが集うクラスとなる。一方のEクラスとなると、入学ラインギリギリの者たちが集うクラスとなる。更に言えば、基本的にCクラスが可もなく不可もなく、普通ラインと呼ばれている。


 そのため、このグランス学園ではクラス分けがかなり重要になってくる。上位ランクであればそれだけ高度な授業を受ける事が出来、周囲からも尊敬される。反対にEやDクラスの場合だと、周囲の印象ははっきり言って悪い。


『筆記テストまでに相応の勉強をしていた甲斐はあったな』

 Aクラスとなれば、Sランクにこそ一歩譲ものの、十分上位クラスと呼べる物だ。彼女は安堵し小さく笑みを浮かべていた。が、しかし彼女はすぐに表情を引き締め、周囲を見回しながら『それにしても』と考えていた。


「な、何で俺がDクラスなんだっ!可笑しいだろっ!」

「あぁ、Cクラスかよっ。お父様やお母様に何て言えば……」

 自分のランクに戸惑い、狼狽している者や怒り、声を荒らげている者がチラホラといた。

『どうやらクラス分けが気に食わない連中が居るようだな。……そう言えばリシリーはどうしたのだろうか?気になるな』

 

 イレーナは、自分のクラス分けも確認したので一旦ボードの前から離れリシリーが向かった方へと自分も歩みを進めた。と、その時。


「ふざけるなよっ!この平民風情がっ!!」

「んっ?」

 不意に聞こえてきた怒号にイレーナは足を止め、眉をひそめた。更に彼女の前方では、何やら人だかりが出来ていた。


『なんだ?何があった?』

 彼女は表情を引き締めながらそちらに向かった。

『平民、という単語が聞こえてきたが。……っ!まさかっ!』

 その時、イレーナの表情は強張った。平民という単語から『もしやっ!?』と思ったのだ。


 彼女はすぐに人込みの中を進んでいった。

「すまないっ!通してくれっ!」

 何とか人と人の間を進んでいくイレーナ。そして人込みの最前列に出てた時、彼女の予想が当たっていた事が証明された。


「お前のような平民の女が、なぜ貴族であるこの俺より上のランクなんだっ!?」

「あ、う、え、えっと」

 怒り狂い、鬼のような形相でリシリーを睨みつける男と、顔を青くし体を震わせ、明らかにパニック状態に陥りつつあるリシリー。


『どういう状況だこれはっ!?いや、今はそれよりもっ!』

 今まさにやって来たばかりのイレーナは状況が分からなかった。しかしリシリーの怯えた様子から、彼女を守るべきだと判断したのだ。


「待てっ!」

 彼女はすぐに人込みから駆け出し、2人の間に割り込んだ。イレーナは、左手で腰の剣の鞘を握りながらも、右手でリシリーを自分の後ろに庇った。

「ッ!?なんだお前はっ!?」

「あっ!イレーナ様っ!」

 突如現れたイレーナに、驚き後ずさりながらも声を荒らげる男。対して、リシリーは地獄に仏と言わんばかりの安堵した表情でイレーナを見上げている。


「大丈夫か?リシリー」

「は、はいっ、助かりましたっ、イレーナ様っ」

 リシリーは安堵の表情を浮かべながらも、その目尻に涙を貯めていた。その涙を目にしたイレーナは、小さく眉を顰め、目の前の男へと視線を向けた。


「これはいったいどういう事だ?貴族の男児ともあろう者が、女性に対して声を荒らげるなど」

「けッ!貴様には関係のない事だっ!どけっ!」

「退かぬっ!彼女は私の友人だっ!それがここまで怯え、剰え涙を浮かべているのだっ!もはや他人事ではないっ!」

 男は声を荒らげるが、イレーナは怯えた様子など一切見せずに、逆に彼女も毅然とした態度で返した。


「なぜ彼女に声を荒らげていた?」

「ふんっ!知れたことっ!そこの平民の女風情が、この俺っ!バテルス伯爵家次期当主であるこの俺よりクラスが上だった事を不審に思っただけの事だよっ!」

「何?」

 男の言い分にイレーナは眉を顰めた。


「おかしいとは思わないのか?高々平民の分際で、Aクラスだぞ?貴族に劣る平民風情がこのグランス学園でAランクなどありえないっ!何か不正でもしたのではないかっ!?さぁ答えろっ!平民風情がっ!」

「ち、違いますっ!不正なんてしてませんっ!わ、私は一生懸命勉強して、それでっ!」

「嘘を付くなっ!ただの平民が、勉強しただけでAクラスに入れるものかっ!」


 必死に声を上げるリシリーを、しかし男は頭ごなしに否定する。更に、男はリシリーの体に目を向けると、まるで嘲笑するような笑みを浮かべ鼻を鳴らした。

「ふんっ。その無駄に育ちのいい体で職員でも篭絡したか?」

「ッ!!」


 下卑た笑みを浮かべながら、男はそうつぶやいた。その言葉を聞き、リシリーは顔を真っ赤にして自らの体を抱くようにし、震え始めた。と、その時。


「愚かだな、貴様」

「何?」

 不意にイレーナが口を開いた。それに男が反応し、イレーナの方を睨み返すが……。


「ありもしない妄言を並べて彼女を侮辱する貴様は、本当に愚かで救いようのないバカだなっ!」

 イレーナもまた、激昂していた。険しい表情で男を睨みつけ、左手が震え剣がカタカタと音を立てている。

「貴様っ!この俺を侮辱するかっ!」

「あぁするともっ!ありもしない妄言を並べ、更には彼女をまるで情婦でもあるかのように侮辱する貴様は、大馬鹿者だっ!!」


 イレーナの怒りに満ちた、咆哮にも似た叫びが周囲に木霊する。その怒号で男は気圧され、一歩後ずさる。しかし男はすぐに頭を被り振って、イレーナに食って掛かった。


「だ、だがやはりおかしいだろっ!平民でAクラスだぞっ!平民程度の金では貴族のように家庭教師を雇う事だって出来ないはずっ!それが、ただ勉強しただけだとっ!?ありえないっ!」

「愚か者めがっ!まだ分からないのかっ!ただ勉強しただけと貴様は言うが、では貴様は彼女がどれほど勉強してきたのか、理解しているのかっ!」

「ッ、そ、そんなの俺が知る訳ないだろっ!」

「ならばこそだっ!」


 そこで、イレーナは一度呼吸を挟んだ。


「私たちのような貴族であれば、確かにお前の言うように、腕のいい家庭教師を雇い、授業を受ける事は出来るだろう。だが。……リシリー、一つ聞かせてくれ。君は、今まで独学で勉強してきたのか?」

「は、はい。色んな人に、話を聞いて。読み書きできるおばあちゃんに、いっぱい文字を習って。計算できるおじちゃんに、いっぱい計算の仕方を習いました。何度も、何度も、暇な時間を見つけて、寝る間も惜しんで、勉強、しました」

 未だ男に怯えた様子ながらも、リシリーは確かにイレーナの問いに答えた。


「そうか。ありがとうリシリー、答えてくれて」

 イレーナは、笑みを浮かべながら未だに震えるリシリーの肩に右手を回し、彼女を抱き寄せた。そしてイレーナは再び鋭い表情で男へと視線を向けた。


「今の彼女の言葉が答えだっ!先ほど彼女が言ったように、リシリーはずっと学び続けてきたっ!その成果の現れこそが、あの紙に書かれたAクラスという文字に現れているっ!それをお前は疑い、彼女の尊厳を踏みにじったっ!お前のやっている事は、ただの愚かな八つ当たりだっ!」

「こ、このぉっ!言わせておけばっ!!」


 イレーナの言葉が癇に障ったのか、男は拳を握り固め、今にも殴りかかろうという雰囲気だった。しかし……。


「そこっ!何をしているのですかっ!!!」

「あっ!教師と、守衛がっ!」

 どうやら騒ぎを聞きつけて教師と守衛が来たようだ。イレーナたちの位置からは見えなかったが、人込みの外に居た誰かが叫んだ。


「う、く、クソっ!」

 すると、男がまるで逃げるように周囲の生徒たちを押しのけ、第1校舎の中へと足早に向かって行った。

「逃げたか」


 それをイレーナは、追うような事はせずただ見送った。なぜなら今の彼女には、あの男を追うよりも優先する事があったからだ。

「リシリー、大丈夫か?」

「は、はい。あ、ありがとうございます、イレーナ様」

 イレーナは未だに震えていたリシリーを両手で抱き寄せた。

『初めての入学式、緊張している所であのような輩に絡まれたのだ。パニックになっても可笑しくはない』

 彼女は、未だに真っ青な顔で震える彼女の様子を見て、静かに頷くと彼女を抱きしめたまま、左手でその頭を優しく撫でる。


「もう大丈夫だ、リシリー。君を害する者はここにはいない」

「イレーナ、様」

 リシリーはイレーナに抱かれたまま、彼女に体を預けていた。


「今は、そうだな。私の心臓の音だけを聞いていなさい。それで少し、気分が落ち着けばいいのだけど」

「はい。ありがとう、ございます」

 リシリーはイレーナの胸元に顔をうずめ、静かに深呼吸を繰り返し、そしてようやく落ち着きを取り戻した。


「ありがとうございます、イレーナ様。また、助けて頂いて」

「大丈夫だリシリー。リシリーは私の友人だ。これくらい、当然の事をしたまでだ」

「イレーナ様」


 リシリーを安心させようと、イレーナは彼女に微笑む。しかし肝心のリシリーは、どこか熱っぽい、或いは艶のある潤んだ瞳で彼女を見上げていた。


 が、しかし。

「あ、あの~。ちょ~っと良いかしら?」

「え?」


 不意に声が掛けられ、リシリーはそちらを向いた。見るとそちらに居たのは、何やら非常に気まずそうな表情の教師らしい女性と守衛2人だった。

「え、あ、え、えっと」

 突然の事に戸惑っていたリシリー。が。


『あ、あれっ!?ま、待ってッ!今私、イレーナ様に抱きしめられていて、しかも周りの皆にそれを見られてて……ッゥッ!!』


 この時、リシリーは今自分が周囲から大変注目されている事に気づいて、さっきまでとは別の意味で顔を赤くしてしまった。

「え~っとですね。お二人から何があったのか、簡潔に話を聞いても良いかな?」

「えぇ。構いません。私からお話ししましょう」


 一方、イレーナは顔を赤くしているリシリーに気づかず、女性教師に今まさに起こった事のあらましを説明した。


「成程。事の次第は分かりました。当事者の苗字は、バテルス、で良いのかしら?」

「はい。バテルス伯爵家、と名乗っていたので恐らく」

「分かりました。では、このことについてはこちらで対応しますので、お二人はもう教室に向かっていただいて大丈夫ですよ。それにそろそろ、入学式後のガイダンスが始まりますから、急いだほうが良いかもしれません」

「分かりました。さぁ行こうリシリー。幸い私たちの同じAクラスのようだ。一緒に行こう」

「は、はいっ、イレーナ様っ」


 未だに見られていた事が恥ずかしくて、顔を真っ赤にしたままのリシリーを伴い、イレーナは校舎の中へと足を進めた。


 が、そんな中で彼女は……。

『リシリーは平民でありながらAランクとなった訳だが、下手をすると他の貴族から嫉妬されたり、下手をするとイジメを受ける可能性もあるかもしれない。……彼女の身に、そう言った事が起こらなければ良いのだが』


 イレーナは、一抹の不安を抱えながらも、彼女と共に教室へと向かった。


     第5話 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る