第4話 入学式

 グランス学園へ入学するため、王都にやってきたイレーナとメイ。王都にやってきて3日目。イレーナは入学式前に学園を見ておきたいと考え、春休みで人気の殆どない学園へとやってきたが、そこで道に迷っていた少女、リシリーと出会うのだった。



 今、イレーナとリシリーは並んで歩き、管理棟を目指していた。そんな中でイレーナの方は普通に歩いていたのだが……。

「……」

 何やらリシリーの方は無言ながらも緊張しているのか視線があちこちに泳ぎ、何かを言いたげなのだが、すぐに口を閉じる、と言った行為を繰り返していた。どうやら貴族であるイレーナが隣にいる事で戸惑い委縮しているようだった。現に彼女は冷や汗まで浮かべている始末だ。


『よほど緊張しているのだな』

 そしてそんなリシリーの様子を密かに見ていたイレーナ。

『ここで下手に声をかけても彼女が余計緊張するだけかもしれないし、とりあえず今は管理棟を目指すか』

 そう考えたイレーナはしばし無言で歩き、リシリーもそれに続いた。しばらくすると……。

「おっ、見えてきたぞ。あそこが管理棟だ」


 イレーナは前方に見えて来た建物を指さした。

「あっ。よ、良かったぁ。何とかたどり着けましたぁ」

 すると今の今まで緊張した様子だったリシリーも、当初の目的地に着いた事で安堵したように息をつき、安心したのか小さく笑みを浮かべている。


 そこからリシリーはイレーナと共に管理棟の中へ。入口から入ってすぐの所の壁に掛けてあった中の地図の前に立つ2人。

「えっと、備品管理部は。……あぁあった。2階だな。行こうか、リシリー」

「はいっ」

 イレーナはリシリーを連れて2階へ。そして備品管理部受付、と書かれた窓口でリシリーは学生証を提示して、制服を受け取ったのだが。


「うぅ、重いっ」

「おいおい、大丈夫か?」

 制服と一言で言っても、ブレザータイプの上着数着、その下に着るシャツ数着、スカート数枚、ネクタイ2本、更に運動時に使うジャージやその下に着る半袖半ズボンもそれぞれ複数。それらが入った段ボール箱が2つ。それを重ねて歩いたのでは、前が見えない状況だった。更に服と言っても数が多ければ当然重い。リシリーは涙目で腕をプルプルと振るわせていた。


 イレーナはそんな彼女を見かねて重なっていた段ボールの一つを手に取る。そして2人はとりあえず管理棟を後にして外へと出た。一旦外に出て、適当なベンチに座るリシリーと、彼女の隣に置かれた段ボール箱に目を向けるイレーナ。

「そこそこ重い箱が2つ。これを1度にまとめて持って帰るのは中々に至難の業だな」

「うぅ、こんな事ならもっと早くに取りにくれば良かったなぁ」

 重い箱2つを見つめながら、リシリーはがっくりと肩を落としため息をついている。

「う~ん」

 イレーナは、そんな彼女の姿を見ると、少しばかり考えを巡らせた。

『幸い、学園から寮区画までそんなに距離は無い。少し帰りは遅くなるが、夕暮れ時までに帰れないなんて事は無いだろう』

「よしっ。リシリー」


 考えをまとめたイレーナは頷くとリシリーに声を掛けた。

「えっ?は、はいっ。何でしょう?」

「リシリーがよければ、荷物を運ぶのを手伝おうと思うのだが、どうだろうか?」

「え?……えっ!?そ、それってクレトリア様が、ですかっ!?」

「ん?そうだが、何か問題でもあるのか?」

 何を気にしているんだ?とばかりの小首をかしげるイレーナ。


「そ、それはもう問題ですよっ!平民が貴族の方に荷運びを手伝ってもらうなんてっ!ふ、普通ならありえない事ですっ!」

 一方のリシリーは戸惑った様子で声を上げている。しかしそれも無理はない。世間一般的な、平民から見た貴族など雲の上のような存在なのだ。そんな相手に荷物運びなど、普通に考えれば『恐れ多い』以外の何物でもなかった。


「まぁ、確かにな。しかし私は別に構わない。それに、私はどうやら『普通』の貴族とは少し違うと自覚しているからな」

「えっ?そ、それってどういう?」

 戸惑い問いかけてくるリシリーを後目にイレーナは箱を1つ手に持つ。

「さぁ行くぞリシリー。それとも、ここでおしゃべりしてからのんびり帰るのか?」

「あっ!ま、待ってくださいクレトリア様っ!」


 歩き出すイレーナに、リシリーも慌てて箱を1つ持って追いかけた。それから2人は正門を出て、リシリーの暮らす寮、平民寮区へ向かうために歩いていた。


「あの。どうしてクレトリア様は私を手伝ってくれるんですか?どうして、貴族の方が平民の私にそこまで?」

 リシリーは、その辺りの疑問が気になって仕方ない様子だった。

「別に大した事じゃないさ。私が手伝いたいから手伝っているだけだ。それに、貴族が平民の手伝いをしてはいけない、なんて法は無いからな」

「それはそうですけど……。でも、正直助かりました。クレトリア様が居なかったら、私は今も管理棟にたどり着けていたかどうか」


 まだ少し戸惑っていたリシリーだったが、やがて安堵したように息をつき、迷っていた過去の自分を恥ずかしがっているのか、頬を少しだけ赤く染めていた。

「そうか。っと、そうだリシリー」

「え?はいっ、何でしょう?」

「私の事は別に家名で呼ぶ必要はないぞ?気軽にイレーナで良いぞ」

「えっ!?さ、流石にそれは恐れ多いですよっ!」


 突然の話にリシリーは戸惑った。出会って精々数時間の貴族を相手に、それは平民のリシリーからすれば難易度が高かった。

「気にするな。立場は違えど私たちはこれから同級生となる間柄だ。それにこうして出会ったのも何かの縁かもしれないからな。だから好きに呼んでくれて構わないぞ?」

「うっ、で、では、『イレーナ様』、でよろしいですか?」

「ふむ。歳も近いし様付けはいらないのだが、まぁリシリーがそう呼びたいのなら好きに呼んで構わないぞ」

「わ、分かりました」

 イレーナは笑みを浮かべているが、対してリシリーはまだ緊張しているようだった。


 それから更に歩きつつ、時折イレーナが暇つぶしの話題をリシリーに振って会話をしたりしていた。

「もう数日もすれば入学式。そうなれば学生生活が始まる訳だが、リシリーはどうだ?やはり緊張しているのか?」

「はい。私、家事とかは一通りできるんですけど、一人暮らしは初めてで。それに寮には他の人たちもいますから、馴染めるのかも不安で」

「そうだなぁ。確かに寮で暮らすとなると、周囲は殆ど初対面の相手だからなぁ。緊張するな、というのも無理な話だな」

「はい。というか、私が今1番不安なのは、入学式当日に迷わない事です。今日だってイレーナ様に助けて頂けなければ、どうなっていた事やら。そう思うと当日の事も不安で仕方ないです」


 不安そうに目を伏せるリシリー。その表情を見ていたイレーナは。

「ふむ。ならば入学式の当日、どこかで私と落ち合うか?」

「え?」

「リシリーも当日迷ってしまっては大変だろう?良ければ入学式の朝に、そうだな。正門辺りで待ち合わせでもするか?」

「えっ!?よ、よろしいのですかっ!?た、確かにそうであればとても心強いのですがっ。で、でもやっぱりイレーナ様の手を煩わせるのも恐れ多いと言いますかっ!」

「なに、気にするな。私が好きで言い出した事だ。それで、どうする?」

「う、う~~」

 リシリーは迷っていた。彼女は地図が殆ど読めない。当日ならば、ある程度人の流れを見て移動は出来る『かもしれない』。しかしそれはかもしれない、つまり確証がないのだ。だからこそ彼女からすればイレーナの申し出は大変ありがたい物だった。


 しかし、だからと言って貴族の相手を安易に頼っていい物か?そんな疑問も顔をのぞかせ、せめぎ合うが、やがて。

「よ、よろしくお願いします」

 迷ってしまっては事だからと、リシリーは恥を忍んで、しかしやっぱり恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも頭を下げた。

「ふふっ、分かった」

 そんな彼女の姿に小さく笑みを浮かべながら、イレーナは頷いた。


 それから2人は更に歩き、小1時間ほどでリシリーが入寮している平民寮にたどり着いた。

「ふぅ。ありがとうございますイレーナ様。もうここまで運んでいただければ大丈夫です」

「そうか?では、とりあえずここにっと」

 寮の入り口前にダンボール箱を置くイレーナ。

「では、荷運びも終えたし私はそろそろ自分の寮へと戻るよ」

「はい。今日は本当に、ありがとうございました」

「気にするな。私が好きでやった事だからな。ではリシリー、入学式の朝、正門の辺りで落ち合おう」

「はいっ」


 こうしてリシリーの手伝いを終えたイレーナは、予定より少し遅く、メイの待つ寮へと戻った。


 その後、イレーナはメイと共に入学式当日まで、王都、特に寮区画の近くにある商店などを確認しておくためにメイと共に王都を散策したりしていた。


 そして、入学式当日の朝。 既に朝食を取り、自室で身支度を整えた。

「よしっ」

 制服を纏ったイレーナは頷くと、そこから更にスカートの上にベルトを巻き、そこにプレゼントの剣を装備した。制服を纏い、剣も装備したイレーナは学園指定のカバンを持つと、部屋を出て玄関へと向かった。


 そして、玄関の所ではメイが1人佇み主であるイレーナを待っていた。

「お嬢様。準備は出来ましたか?」

「あぁ」


 イレーナが頷くと、メイもまた頷き、玄関の扉を開ける。

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

「あぁ。行ってくる」

 イレーナは、メイに見送られながら寮を出た。


 そして学園へと続く道を歩き始めたイレーナ。そんな道には、彼女と同じような制服を着た生徒たちの姿があった。それぞれ、緊張した様子の者、逆に期待感に胸を膨らませているのか笑みを浮かべている者など、それぞれの表情を浮かべながら学園へと向かっていた。


 イレーナもその生徒たちの流れに加わり学園へ向かって歩き出した。

『ふむ。私のように帯剣している者は、ほとんどいないな』

 イレーナは周囲を見回しながらそんなことを考えていた。


 学園の生徒は、基本的に帯剣する事を認められている。理由としては各々の出自だ。このグランス学園には各地の貴族の跡継ぎとなる者たちや、各国重鎮の子供たちがやってくる。当然、彼らにもしもの事があればレ・グランス王国は危機管理能力を問われ、下手をすれば外交問題になりかねない。


 そのために学園側は厳重な警備体制を敷いているものの、万が一の時に備えて生徒たちに自衛目的の帯剣を許可していた。


 もちろん自衛と称してむやみやたらに抜刀し剣を振るう事は厳重な処罰の対象となるのだが。イレーナの見る限り、彼女のように剣を携えている者はかなり少なかった。20人中1人か2人程度、と言った所だ。


 そんな彼らを少しばかり観察しつつ、学園に向かうイレーナ。ちなみに……。


「っ、おい見ろよあの人、すげぇ美人じゃんっ」

「ホントだっ。……でもなんで帯剣してるんだ?」

「女性で帯剣している方って、珍しいですわね」

「えぇ。でも、なんだかとても凛々しく見えますわね」


 女性でありながら帯剣しているイレーナが珍しいのか、彼女も少なからず目立っていた。

『なんだか周囲の者たちに見られているような。まぁ良いか。今は正門に急ごう。リシリーが待っているかもしれんしな』

 イレーナは周囲から視線を感じつつも、リシリーを待たせないようにと歩みを止めず学園へと向かった。


 彼女は学園にたどり着くと、正門の辺りを見回したのだが。

『ふむ。リシリーはまだ来ていない、か』

 周囲を見回すが、リシリーの姿は無い。

『仕方ない。ここで待つか』

 正門でリシリーの事を待つため、イレーナはとりあえず人の邪魔にならない正門近くの壁際に移動した。


 そこで次々と正門から入っていく生徒たちの姿を見つつ待つこと10分ほど。

「あっ!い、イレーナ様~~!」

「ん?」

 不意に声が聞こえ、そちらに視線を向けるイレーナ。見ると、イレーナと同じ制服姿のリシリーが慌てた様子で息を荒らげながら駆け寄ってくる所だった。

「ハァ、ハァ、ハァッ!も、申し訳ありません、イレーナ様っ。ハァ、ハァ、お、お姿が、見えたので、全速力で、走って来たのですが……っ!」

「おはようリシリー。しかし、何もそんなに息切れする程走る事も無いだろう?」

「い、いえっ!お、お世話になっている上に待たせる訳にはっ!ハァ、ハァッ!」

「そうか。まぁともあれ、入学式までまだ時間がある。ゆっくり行こうか」

「ハァ、ハァ。は、はいっ」


 リシリーも到着した事で、2人は並んで学園の中へと足を進めた。とりあえず、2人は生徒たちの流れに沿って入学式が行われる予定の講堂を目指していた。そんな折、リシリーはしきりに周囲を歩く生徒たちを気にしていた様子だった。


「どうしたリシリー。周りが気になるのか?」

「あ、え、えと、はいっ。実は、少し」

 声を掛けられ、周りを見ていた自分を見られた事が恥ずかしいのか彼女は少し顔を赤くしていた。

「周りにいる人たちは、殆どが貴族の方、なんですよね。そんな環境でやっていけるか、少し心配で。それで、どんな人がいるんだろうって、気になってしまって」

「成程な。まぁ、困った事があれば私に相談してくれて構わない」

「え?よろしいのですか?ここまでお世話になっているのに、更に?」


「無論だ。お互いこうして同じ学園で学ぶ者同士。いざという時は助け合わなければな」

「イレーナ様。……ありがとうございますっ」

 彼女の言葉を聞くと、リシリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「本当に、あの日イレーナ様に出会えた事は、幸運でした。こんなにも良くしていただいて。なんとお礼を申し上げれば良いか」

「そうか。っと、見えてきたぞ。あそこが講堂だ」

 話をしながら歩いていると、前方にドーム状の屋根を持った大きな建物が見えて来た。そしてその建物に新入生らしき者たちが次々と入っていく。


「さぁ、私たちも行こうか」

「はいっ」

 2人も、講堂の中へと進んでいった。


 講堂の内部には無数の座席が並べられ、全てが前方にある舞台の方を向いていた。その舞台の上には演壇らしき物が用意されているが、まだ人の姿はない。


 そして講堂の内部、入学式の式場となっているメインホールにある椅子は、既に新入生たちによって大半が埋まっていた。

「あっ、イレーナ様っ、ここ空いてますよっ」

「ふむ。ではここにするか」

 イレーナとリシリーは、檀上から適度に近い空席2つを見つけそこに腰を下ろした。

「さて、後は始まるまで待つだけだな」


 イレーナは腰から下げていた剣を、座るのに邪魔になってしまうため外し、傍に置く。

「ん?」

その時ふと、イレーナは隣に座っていたリシリーが興味深そうに自分の剣を見つめている事に気づいた。


「リシリー?どうした?剣に興味があるのか?」

「あっ、も、申し訳ありませんっ。そ、その、女性で剣を持ってらっしゃる方って珍しいなぁと改めて思ってしまって。護身用、ですか?」

「あぁいや。護身用と言う訳ではないんだよ。この剣は私のおじい様からのプレゼントなんだ」

「え?剣が、プレゼント?」

 話を聞いたリシリーはキョトンとした表情を浮かべている。剣がプレゼント、という話に驚いていたようだった。


「意外だろう?剣がプレゼントなんて。だが、私にはこれで良いんだ。私は豪華な服やアクセサリーより、こっちの方が良いんだ」

「そう、なんですね」

 話を聞いていたリシリーだが、剣の方が良いという貴族令嬢など、リシリーの予想出来る物ではなかった。だからこそ驚いていた。


 と、そのまま雑談をしていると……。

「んっ、リシリー。雑談はここまでだ」

「えっ?……あっ」

 イレーナは、檀上に近づく人に気づいてリシリーに声を掛けた。それにリシリーも気づいて声を上げた。


 更に、他の生徒たちも現れた人物に気づいて、談笑したりしていた者たちも静かになっていく。そして件の人物が談笑にたどり着く頃には、皆が口をつぐみ講堂内部はこれまでと打って変わって静寂に包まれた。


 壇上に現れたのは、白髪にふさふさの白い口髭が特徴的な初老の男性だった。初老の男性は、講堂内に集まった新入生たちを見回すと、次いで舞台脇の方へと目くばせをした。すると舞台の脇からもう1人、今度はスーツ姿の女性教員らしい人物が現れた。


「それではこれよりグランス学園ッ、新年度の新入生入学式典を開始しますっ!」

 女性の声がホールの中に響き渡る。それが、入学式典始まりの合図となった。


「いよいよですね、イレーナ様」

「あぁ」


 隣に座るリシリーの言葉に小さく頷くイレーナ。彼女は、期待と不安で胸を高鳴らせながら、これからの日々がどんなものになるのだろうか?と、考えを巡らせていた。


 こうして彼女の学園生活は始まりを迎えた。だがこの先に待つ出会いと問題を、彼女はまだ知らない。


     第4話 END




 

 

 


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