勇気
結局それから何も出来ずに、数日が経って。
この間にも、新たに下僕になった生徒への処遇は、酷くなっていく一方。
そしてまた敦也も、今回のことでカースト順位を落とされ、最下位になろうとしていた。
あれから、俊は何も変わることなく、いつも通りに過ごしていて、これと言った行動は、本当に何も起こさないでいた。
しかし圭は、まだ俊は何かを隠していると感じていて。
放課後になり、生徒達のほとんどが帰宅した頃になってから、俊もまたプリントを職員室へ持っていって、帰路に着いた。
それを見計らって、圭は美沙都に相談を持ちかけた。
「俊の奴、なんか変わった感じはない?」
「何かって…?」
「う~ん…上手く説明出来ないんだけど、何かまだ抱えてるモノが他にもあるみたいに思えてさ。気のせいかもしれないけど…」
「そうねぇ…。私が見てる時は、そんな風には感じなかったけど」
「なんか、アイツ見てると、危なっかしくてしょうが無いって言うか。何て言うんだろう…?ほっとけないって、そんな感じになるんだよ」
「ふふ…。架山君のこと、大切に思ってるのね」
「…別にそんなんじゃ無いけど。でも、アイツの苦しんでる姿は、もう見たくないんだ」
「……そうね。私も職業柄、困っている生徒は放っておけないわ。少しでも力になってあげたいって思うわ。もちろん、君のこともね」
その言葉に、圭はある感情を抱いていた。
―――これは本当に、善意でしていることなのだろうか?と…。
今までやってきたことは、全て俊のためと言いながら、本当は、ただの興味本位で首を突っ込んだだけの、お節介。
否、別の言い方をするなら、偽善者だと言われてもしょうが無いのかもしれない。
「俺、俊にまた昔みたいに、笑ってほしかっただけなのにな…」
「…そうね。私も架山君が、心から笑ってくれる日を願っているわ」
そう囁く圭に、美沙都は悲しそうな笑みを浮かべて言った。
その儚い祈りは、俊に届くだろうか…?
―――しかし、運命は残酷にその針を廻して。
ある日の夜、圭のLINEに敦也からの連絡が入った。
『水瀬の容態が、急変した』
圭は敦也と一緒に病院へ駆け付けると、そこには俊の姿があった。
二人に気づくと、俊は今まで以上に冷たいまなざしで見つめていた。
「今頃になって…何のつもりだよ、敦也」
「………」
敦也は返す言葉が見つからず、代わりに圭が答えた。
「心配で来たに決まってんだろ!?何でそんな言い方すんだよ」
「圭には聞いてない」
「ごめん…。でも、本当はずっとなんとかしなきゃって思ってた。…水瀬にも、悪いことしたって思ってる」
「………」
「それにお前、…まだあのことが終わってないんだろ?」
「っ…!?」
「…あのことって…?」
敦也の言葉に、圭は疑問を抱いた。
そして、同時に、まだ圭の知らなかったもうひとつの事実が、明らかになった。
―――それは、今もまだ、俊に対するカーストでのイジメが続いているという証拠だった。
「処刑動画を撮られてたのは、水瀬だけじゃないんだ。俊も、やられてるんだよ。あいつらに…」
「それ以上言うな!!」
「………、あの動画、まだあいつらが持ってるんだろ?それで、今もあいつらに脅されてるんじゃねーのか?」
「…動画って……。何だよそれ…。お前…、なんでそのこと言ってくれなかったんだよ!!」
「…言えるわけ無いだろ!あんなことされて、平気でいられる奴なんて、いるのかよ!」
「っ!!」
「………」
俊と敦也はにらみ合い、圭は二人の様子に戸惑い、そして、こんなにまで感情的になっている俊を初めてみて、驚いていた。
しかし、それほどまでに、俊をまだ苦しめているという動画が、向こうの手の中にある。
その事実だけが、はっきりとわかって。
圭はやるせない気持ちになっていた。
「お前、こんなんじゃ、一生あいつらの言いなりになるんだぞ!本当にこのままで良いのかよっ。…はっきり言えよっ!」
「………だったら…。なんで“あの時”突き放したりしたんだよ…っ。…今更、お前に何が出来るっていうんだよ?」
「…っ」
「もう良い…。いらない…っ。友達なんかいらない…っ!!お前なんか、友達じゃねえ!!」
「っ!」
―――バシッ
暴言を吐く俊に、圭は反射的に、頬を叩いた。
「…俊、今のお前、はっきり言って最悪だよ。そんな姿、水瀬さんが見たら、何て思う?」
「…っ!」
「いい加減にしろよっ!お前、こんなにも心配してくれる奴が、友達じゃなかったら何だって言うんだよ!」
「………っ」
「なぁ、もっと素直になれよ。お前も本当は、こんな事終わらせたいんだろ?このままじゃ中條さんも、水瀬さんも、俊も、それに、今学園にいる、お前の代わりになってる奴も、誰も救われない!!」
そう言われて、俊は返す言葉が見つからなかった。
―――その後、看護師が俊達を見つけて、呼びに来た。
「水瀬さん、持ち直しましたよ」
その言葉に、皆、急いで彩希のところへと駆け付けた。
以前よりだいぶ衰弱しているように見えるものの、再び集中治療室に運ばれ、中で微かに動く様子を見て、俊は張り詰めていた糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。
「………水瀬さんも、必死で生きようと頑張ってるんだ。だから、俊。お前も少しだけで良いんだ。勇気を出してくれ…。俺たちが支えるから、お前から直接、訴えて欲しいんだ」
圭の言葉に、敦也もうなずき、俊は躊躇うも、目を伏せて悩んだ。
―――このまま、何もしないで一生あいつらの下僕になるのは…、嫌だ!
そう決意して、俊ははっきりと「わかった」と二人に協力することを約束した。
―――後日。
二人に付き添われ、教育委員会に行った俊は、対応してくれた担当者に今まであったこと、今も脅されていること、そして、学園内に渦巻くカースト制度と、教師達の身勝手な行為についても、事細かに、全てを話した。
途中、彩希が飛び降りる瞬間を見た時のことを言う時は、声が震えたけれど…。
それでも、隣で二人が見守ってくれていたから、勇気を出して、全てを話すことが出来た。
担当者は、「今までよく耐えたね。よく頑張った」と言い、敦也に対しても、「没収されたものは、恐らく証拠隠滅のために、消されている可能性が高い。でも、この少女に対する暴行動画があれば、確実に刑を科せられる」と言ってくれた。
そして早速、警察にも通報し、学園の内部調査を行ってくれるとも言ってくれた。
そしてやっと、全ての真実が公の下にさらされることになった。
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