祈り
話を聞いて、圭は悲しくなった。
こんなことが、現実に起きているなんて、と。
そして同時に、俊がリストカットをしている事実を知り、なにか出来ることはないかと、模索していた。
そして、彼は一つの情報を与えてくれた。
それは、今も上条学園に、同じく俊の友人だった生徒が在籍していると言うこと。
今も連絡を取り合っているとのことで、もし協力してもらえるならばと、交渉してもらうように頼むと、彼から返事が来た。
―――交渉成立だった。
友人の名前は中條敦也(なかじょうあつや)。
彼は今も上条学園に通い、自身のカースト順位を気にしながらも俊のことを心配していたと言う。
何も出来ずにいたことを悔やみ、もし力になれるならと、情報源になってくれると言ってくれたのだった。
早速、圭と敦也はLINEのID交換をし、今後何かあった時は随時連絡することにした。
敦也は、俊のことが気がかりだったが、自分達が突き放してしまった経緯がある故、直接連絡するのを躊躇っていた。
今回、圭が名乗り出てくれたこともあって、これで少しでも、俊に償えるのならと、あらゆる情報や、生徒達の様子などを事細かに報告してくれた。
そして、現在の状況を説明してもらい、今もカースト制度が続いていること、現在最下位になった生徒が再び下僕にされていること、教師達は、相変わらず見て見ぬふりをしていること、そして決定的な証拠として、あの全校集会での校長の発言を、レコーダーで録音していたことも話してくれた。
あらゆる情報が揃い、上条学園の告発するための手段が整っていく。
そして同時に、圭は敦也に頼んで、彩希の居る病院を紹介してもらい訪れることにした。
病室の中、ひとりずっと眠り続ける彩希の姿に、圭は胸を詰まらせて、そして誓った。
―――絶対に、真実を公にすると…。
(だから、どうか…あなたも負けないで…!)
圭の祈りが彩希に届くようにと願い、そして、必ずこの事を制裁してみせると、心に強く刻み込んだ。
その後も圭達は情報収集し、証拠品として、敦也が録音したレコーダーを元に、学園を訴えようと試みた。
ただ、ひとつだけ問題なのは、どうやって公に訴えるかだった。
圭達がいくら情報を誇示したところで、信憑性が無ければ元も子もない。
結果的に考えて、此処は当事者だった俊にも、協力を求めようとするが、俊はそれを拒んだ。
さらに、「今更そんなことしても、もうどうにもならない」と否定的なことしか返してはくれなかった。
「なんで今更…、そんなことする必要があるんだよ?」
「だって、お前今もずっと苦しんでるだろ?見てられねぇんだよ」
「そんなの、自分勝手だろ。正義のヒーローにでも成るつもり?」
「…なあ、なんでそんなに否定的なんだよ。確かに、今更どうしようとも遅いかもしれないけど、それでも、何もせずにいられるかよ」
「………」
意固地として拒絶する姿勢を崩さない俊に、圭は苛立ちを憶えるが、彩希のことを思うと、言わずにはいられなかった。
「水瀬さんのところ、行ってきた。これ以上、水瀬さんみたいな犠牲者が出ても良いのかよ?」
「っ!何でそんなこと…」
「中條さんにも協力してもらってる。これだけの情報を得られたのも、ほとんど彼の御陰だ」
「……あいつ、何考えてんだよ…。今更…」
「中條さんも、彼に連絡を取ってくれた奴も、皆、後悔してんだよ。お前に全部を押しつけて来たこと。だから、頼むよ。お前の協力が必要なんだ…」
そう言い、圭は頭を下げると、流石に俊も「少し考えさせてくれ」と言ってくれて。
圭は「いつでも待ってるから」と約束をした。
しかし翌日、圭のスマホに敦也からLINEで連絡が入り、事態は一変する。
なんと、敦也が持っていた全校集会での校長の言葉を録音したレコーダーを、学園側に没収されてしまったとのこと。
さらに、それを元に学園の内部告発を企んでいたこともバレ、停学処分を受けることになったという。
―――なぜ情報が漏れたのか?
圭はまさかと思い、俊の家に押しかけ、問いつめた。
「お前…まさか、学園に告口したんじゃないよな…?」
「…何のこと?」
「とぼけんなよ!俺らの行動が学園側に伝わるなんて、誰かがチクんなきゃわかんねーだろ!」
「………」
圭は俊を睨みつけて、俊もまた無表情のまま冷めた目で圭を見つめていた。
「…お前、変わったな。昔はこんな風に、仲間を売るようなことなんてしなかったのに…」
「………」
「全てを狂わせた連中の言いなりは、今でも継続か?どんだけ権力握ってるんだよ」
「………」
「なぁ、なんか言ってくれよ…。どうしたいんだよ、お前は…」
「……別に。どうもしようなんて思ってないよ。」
「じゃあ、なんでチクってんだよ!わけわかんねぇよ!」
困惑する圭に対し、冷ややかな態度を変えずに、俊は静かに言った。
「これ以上、この件には関わるな」
そう言って、俊は家の中へ入って行く。
―――このままでは八方塞がりになる。
何とか他の方法はないのか、圭はいくら模索するも、どれも袋小路に陥り、頭を抱えていた。
(どうすれば良い?このままじゃ、誰も救われない…)
「…くそっ!」
もどかしさから、圭は握りしめた拳を、塀に打ち付けた。
その頃、部屋に戻っていた俊は、サイドボードの前に立ち、飾ってあった写真立てを持ち上げて、そのまま引き出しの中へと仕舞った。
その写真は、上条学園にいた時に、唯一、彩希と一緒に撮った写真だった。
―――戻れるのなら、あの頃に戻りたい…。
けれど、今の俊はもう、あの頃には戻れない理由があった。
同時に、机の上に置いてあったスマホに、LINEの着信があったことを知らせるランプが付いてるのに気づいて、確認すると…。
険しい表情をしながら、送ってきた相手に返事を返すと、また机の上にスマホを置き、代わりに小物入れからカッターを取り出し、カチカチと刃を出していく。
その刃は、所々赤黒く錆び付いていた。
そして躊躇うこと無く、左腕にその刃を押し当てると、プツッと血が滲み出た。
それは1回だけではなく、2回、3回と繰り返して、持っていたカッターを床に落とした。
リストカットを繰り返している俊の左腕には、既にいくつもの痕が残されていた。
そしてまた、新たな傷痕が刻まれて。
滴り落ちていく血を見て、俊は崩れ落ちるように座り込み、「水瀬…」と小さく囁いた。
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