回想

彼の話では、前にいた上条学園の内部は、非常に荒れていて、日常的にカースト制度が敷かれていた。

最高位の者達を皆「王様」「女王様」と呼称し、崇め、絶対に逆らってはいけない存在とされていた。

さらに、教師でさえも王様・女王様に口出し出来ないでいた。

その理由として、王様達の親から多額の寄付が払われて、学校側に権力を握られていたのだった。

下位の者達は皆、誰もが王様・女王様の機嫌取りに翻弄されて、疲労困憊し、中には心労で倒れる生徒も少なくなかった。

そして、下位の者同士で、互いに探りを入れ、自分よりも劣っている部分を見つけると、それをネタに自分の方が優位だと言わんばかりに主張し、少しでも上位に君臨しようと、イジメが頻発していたという。


当時、俊も彼も中の下、謂わば、何処にでも居るような生徒の位に存在していて、今の階級より落ちないように必死で毎日を過ごしていた。

しかし、元々口数が少なく、大人しい俊は、はっきりと自分の意見を主張出来ずに、周りからも貶められて階級を落とされていき、学校全体で最下位になろうとしていた。

そんな時に、唯一、俊を支えていたのが、例の意識不明になってしまった女子生徒・水瀬彩希(みなせあき)だった。


やがて俊が学校内最下位になり、周りの誰もが俊を下僕同然に扱い、全てにおいて俊が不利になるような状況に追い込んだり、俊だけ仲間外れにされ、各グループLINEで俊の悪口を言ったり、「消えろ」「目障り」「存在が意味不(笑)」などと書き込まれ、日に日にエスカレートしていった。


―――しかし、彩希だけは違った。


もともと、彩希は初対面の時から、周りと少し違っていた。

いつも一人でいた俊に、初めて声を掛けたのも、彩希だった。


「ねぇ、今何してたの?」

「ここ、静かで凄く落ち着くね。もしかして、お気に入りだったりする?」


そんなたわいも無いことを、ごく普通に、親しい友人と話しているかのように、自然に話しかけてくれた。


「架山君。私ね、本当はこの学校、あんまり好きじゃないよ」

「こんな階級が、当たり前に存在していて、教師達も黙認しているなんて。絶対、納得いかない」

「いつかこの学校で起きてること、世間に公にして、無くしたいんだ」

「だから、例えどんなことがあっても、私は、私の意思を貫く」

「だから架山君も、どんなことがあっても、絶対に諦めないで」


そう言い、彩希は俊にほほえみかけた。

そんな彩希の姿が、俊の唯一の支えだった。


しかし、状況は変わることなく、俊は下僕扱いを受ける日々が続いた。

それでも、彩希だけは、変わることなく、今まで通りに接していた。

無理矢理押しつけられた仕事を手伝ったり、毎朝必ず「おはよう」と声を掛けたりと、俊を庇い続けた。

もちろん、周りは皆、白い目でその姿を見ていて、気に入らなかった。


そして…、いつしか標的は俊と彩希の二人へと変わっていた。




彩希には「偽善者」「何様のつもりだよ」「うざい」とグループLINEで次々に非難の声を流されてるのはもちろん、時には体育の着替えの時に写真を撮られ、その画像を拡散された。

さらに…。


「おいお前ら、いつも一緒にいるけど、もしかして付き合ってんの?」

「下僕同士でいちゃついてんじゃねーよ!」


そう言われ、互いに羽交い締めにされて、無理矢理キスする写真を撮られ、その写真を加工して「私たち結婚しました。子供100人産みます」と、卑猥な書き込みをされ、より陰湿になっていった。

しかも、相変わらず教師達は黙認し、逆に二人を「不純異性交遊者」と見做し、俊には体罰を、彩希には反省文を書かせるなど、加担することさえもあった。


日々エスカレートしていくイジメに、二人の心労は溜まっていく。

それでも、彩希だけは変わらず、健気にいつも通りに振る舞い続けていた。


「なんで…、そうやって笑えるの?」

「言ったでしょう?私は私の意思を貫くって。だから絶対に、負けちゃダメだよ」


そう言って微笑む彩希は何処か弱々しくて、俊は胸が苦しくなった。

いつも庇い続けてくれる彩希に、自分は何も出来ないことを、もどかしく感じていた。


けれど、そんな彩希の強がりも、ある出来事で状況が一転した。


それは、男子達からの集団暴行―――レイプだった。


「やめて!!離して!!」

「うるせーんだよ、この下僕が!!いつもいつもへらへら笑ってんのも、これで終わりだな!」

「おい、お前もちゃんとみてろよ?大事な彼女が、女になる瞬間をよ!あははは!」

「っ!!いやあああああ!!」


彩希の悲痛の叫びが、教室内に響く。

女子は一緒になって騒いだり、目を背け教室の外で待機し、静観したりする者に分かれていた。

俊は「やめろ!」と叫ぶも、無理矢理頭を押さえつけられて、彩希が目の前で犯される光景を見せつけられていた。

この出来事で、次第に彩希から笑顔が無くなっていった。


だけど、それだけでは終わらなかった。


彩希がレイプされる映像が、ネットに流出されたのだ。

動画を見たであろう視聴者からは、賛否両論の批判があり、さらに、「これってやらせ?」「いいね~俺も混ぜて!」などと、煽るようなコメントをする者もいて、次第に炎上させていった。


それが彩希を精神的に追い詰めていき、最悪な状況に追い込まれていった。




ある日の体育の時間、生徒達が校庭に出て準備運動をしていた時だった。

ひとりの生徒が、何気に上を見ると、屋上に人影が見えて…。

それが彩希だとわかると、「そんなとこで何してんだよ!」と叫ぶが、彩希はそのままフェンスを越えて、端に歩み寄った。

そして、次の瞬間―――。


―――彩希は、地面に吸い込まれるように、その足を踏み出して…。

鈍い音が響き、一瞬にして血だまりが出来、その中で彩希は倒れ伏していた―――。


突然の光景に生徒達は皆悲痛な叫びを上げ、その場はパニックに陥った。

俊は一瞬、何が起きたのか理解出来ずに、血だまりに倒れ伏した彩希から目をそらせずにいた。


(―――何…これ…?)


生徒達の叫び声に教師達が駆け付け、状況を知るや否や、これ以上この光景を生徒達に見せてはいけないと判断し、至急教室へ戻るように指示を出すも、パニックに陥った生徒達はその場に佇み、動けずにいた。

ただひとり、俊だけが、フラフラと彩希の下へと歩いて、血だまりの中にいる彩希に呼びかけていた。


「み…な、せ…?」


そっと手を差し伸べ、彩希の頬に触れるも、彩希は既に意識を失っていて…。

状況を理解出来ずに、俊は何度も、彩希の名前を呼び続けた。


「水瀬…起きろよ…」

「なあ、水瀬…。何してんだよ…?……水瀬…」


返事の無い彩希に、俊の眸が次第に曇っていく。

駆け付けた養護教員が、俊の行動に気付き、駆け寄るが、それでも俊は彩希の名前を呼び続けていた。


「架山君…もう見ちゃ駄目よ。あなたも早く教室に戻りなさい…」


俊の肩に手を置き、声を掛けるが反応が無く、相変わらず、彩希の名を呼び続けている。

その様子に、養護教員は無理矢理、彩希から目を逸らさせるが、俊の目には、彩希の姿が焼き付いていて…、既に焦点が合っていなかった。


「架山君…!」


そのまま、俊はショックで意識を失い、養護教員は他の教師達にすぐに救急車を呼んでもらい、病院へ駆け込んだ。

幸い、彩希は一命を取り留めるが、油断出来ない状況に変わりはなく、俊もまた、暫く意識が戻らなかったが、彩希が集中治療室へ移された後になって、意識が戻った。

しかし、目の前で彩希が飛び降りる瞬間を目撃しているため、ショックが強すぎたのか、誰が呼びかけても反応を示すことが無かった。

医師からも、「トラウマになっている可能性が高いので、注意してください」と言われ、付き添っていた養護教員は表情を曇らせた。

事実、意識が戻ってからもずっと、俊は繰り返し繰り返し、彩希の名前を呼び続けていたのだった。





その頃、学校では教師達の緊急会議が行われていた。

しかしその内容は、彩希の飛び降りを隠蔽しようと、裏で圧力を掛けるモノだった。


「まさか、飛び降りるとは…彼もまた変な気を起こさなければ良いのだが…」

「やはり、あの動画のせいでしょうな。流石に我々も注意が足りなかった。…こんな事になるなんて」

「架山俊はカースト最下位の者でしょう?飛び降りた水瀬彩希が庇っていたとのことだが、どちらも、自業自得なのでは?」

「しかし、教育委員にはどう報告すべきか…?流石にこの階級制度のことは伏せませんと」

「その点においては、こちらで処理しておきます。まずは生徒達の行動に注意すべきでしょう」


などと、何とも身勝手なことばかりを口にし、誰ひとりとして彩希の無事を祈る者はいなかった。

翌日、全校集会が行われ、校長が生徒全員に言ったことは、“この事を口外しないこと”“マスコミなどの関係者に絶対に口を開かないこと”“イジメは存在しないものとすること”等、全てを隠蔽工作することだった。

後日、マスコミなどの記者会見でも、校長を含め数人の教師が、「飛び降りた生徒にイジメなどは無く、あくまでも個人の問題であった可能性が高い」とコメントし、「悩みに気づけなかった我々にも落ち度があった」「もっと早く、悩んでいることに気づくべきだった」と、あくまでも彩希に対して加護するようなコメントをし、同情を買うような場面もあった。


警察からの事情聴取も、全ての真実を隠され、偽の情報だけが公にされていく。


そのことに、俊は憤りを感じるものの、自分だけでは非力すぎて、何も出来ずにいた。

例え、真実を話したところで、また圧力を掛けられもみ消され、最悪、自分が悪者にされ兼ねない。

そんなもどかしさから、俊はますます無口になっていき、心に深い傷だけが刻まれていく。


それでも、やはり階級制度とイジメは終わることは無く、その後も続いていた。


「水瀬の奴、意識不明なんだって」

「いい気味だろ?それより、アイツはどうするかな?」

「何も出来ないだろ?下僕は下僕。俺たちが何も言わなきゃ、それで良いんだよ」


生徒達の間で、彩希のことが噂になるも、俊に対しては今まで同様、下僕扱いしていた。

庇ってくれていた彩希の存在が無くなった今、俊は格好の生け贄になっていた。


「もし変なことしたら、次は妹の弥月ちゃんが公開処刑される番だからな」


そう言われ、妹の弥月を脅迫のネタにして、俊を追い詰めていく。

何も出来ず、言われるがままに行動する俊。

しかし、一部の生徒達は、そんな俊を哀れんで、出来るだけもう関わらないようにと、距離を置くようになっていった。

その中には、元々俊と親しかった友人の姿もあって、でも、自分が下僕に落ちたくは無くて、身を守るために俊を見捨てていたのだった。


どんどんと追い詰められて行く俊。

学校を休みたくても、来なければ弥月を犯すと言われ、仕方なく登校し続けていたが、彩希の自殺未遂と、妹への脅迫と、自分のせいでこれ以上犠牲者を出したくなくて…。

次第に苦しくなっていき、いつしか、俊は心の痛みを紛らわせるために、リストカットを繰り返すようになっていった。

そして半年後、学年が変わる頃に転校することになったという。

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