疑問

4月。

新学期を迎え、誰もがそわそわしていた。

小さな町なので、中学が一つしかないため、この地域の子供達は必ず、この中学に通うことになっている。

けれど、慣れ親しんだ仲間達と仲を深めたり、別の小学校だった新たな友人関係を築いたり、それぞれに不安と期待で胸がいっぱいだった。

3年になる圭達もまた、進路や将来に向けて、不安と期待に皆がざわついていた。


そんな中、この時期に転入することになった俊と弥月は、注目の的だった。

特に俊は華奢な体つきで、顔立ちも中性的だったため、女子生徒の間でもっぱらの噂になっていた。

そんな俊に少しでも近付こうと、何名かの女子生徒が、転入先のクラスへ訪れるが、いつも姿が見当たらず、がっかりした様子で帰って行くのが恒例になっていた。

実は俊は教室へは行かずに、毎日保健室にいる、所謂、保健室登校をしているのだった。

そのことを知らなかった圭も、疑問に思い、ちょうど登校してきた弥月にそれとなく聞くが、なぜか口を濁らせて、はっきりと答えてはくれなかった。


そしてその日も、俊は一度も教室へ行くことはなく、全ての授業が終わり、生徒達が帰って行った後で、担任のいる職員室に顔を出し、プリントを渡して帰宅していった。


そんなコトもあって、圭は何処かモヤモヤした気持ちを抱えていた。

それから暫くして、圭も帰宅しようとしたところ、保健室から養護教員の来栖美沙都(くるすみさと)が出て来るのが見えた。

圭はグッドタイミングとでも言うように、美沙都に声を掛けた。


「ヤッホー、美沙都ちゃん。」

「こら、先生をちゃん付けで呼ばないの。一之瀬君」

「えー、いいじゃん別に。それよりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…今良い?」

「ええ、何かしら?」

「ちょっと、俊のことなんだけど…中で話してもいい?」


そう言うと、美沙都は少し考えてから保健室の鍵を開け、「どうぞ」と促した。


保健室の中に入り、長いすの方に座るように言い、持っていた道具を机に置いてから、美沙都もその隣に座った。


「それで、架山君の何が聞きたいの?」

「…あのさ、俊が保健室登校をしてるのって、何か聞いてる?」

「………あまりプライベートな部分は、聞かないようにしてるから、私も詳しくは知らないわ。ただ、担任の先生から、事情があって、教室には行けないみたいだから、此処で面倒みてくれって連絡があっただけよ」

「そっか…、でも、それってやっぱり、前の学校でなんかあったから、なんだよね?」

「たぶんね、…まぁ、原因はわからなくもないけれど。でもこれは本当に、個人のプライバシーに関わることだから、あまり深入りはしちゃダメよ」


そう釘を打たれて納得はいかないが、圭にもなんとなくの事情がわかった気がした。

そう、多分前の学校であったことは…いじめだ。

小学生の時も、無口で大人しいことが理由で、よくからかわれていた俊は、格好のいじめられっ子だったから。

もし、それが本当なら、やはり美沙都の言うように、あまり深入りをしない方が、俊の心の傷を下手に刺激させないで済むのかもしれないけれど。

それでも、正義感の強い圭だからこそ、何もせずにはいられなかった。



しかし、ある日のこと。

ある噂がクラスで持ちきりになっていた。

それは…、俊のことについてだった。


「なあ、一之瀬。架山って前の学校、上条学園だった?」

「…そうだったと思うけど、それが何?」

「やっぱり、そうなんだ。実は噂で聞いたんだけど、上条学園で屋上から飛び降りて、今も意識不明の子がいるって聞いたんだけど…」

「………そんなこと、俊に関係ないだろ?」

「それが…、架山のクラスの子だったらしいって。で、…イジメが原因での自殺未遂なんじゃって。それが本当なのかどうか、確認したくて…」

「何だよ、それ。なんでそんなこと俊に聞くんだよ?もし、その子が俊の知り合いだったらどうすんだよ!」

「…っ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど…。気になって、つい」

「つい、じゃねえよ!お前ら。それに、俊にそんなこと聞いても、答えてくれるわけねえだろ?」


思わずカッとなって、叫んだ圭に、クラスメイトは一瞬驚くが、確かにこんな事を聞いても、何の得にも成らないと思ったのか、「ごめん、もう止めるわ」と言って、去って行った。

しかし、噂はクラスだけに留まらず、学年全体に、そして、学校全体にまで、拡がってしまっていた。

中には、心無い生徒が弥月に押しかけて、真相を聞き出そうと、根掘り葉掘り質問攻めをしている者もいた。

この事に、流石の教師達も、「根拠の無い噂で、相手を追い詰めるようなことをしてはいけない」と厳重注意するものの、弥月のクラスメイト達は、掌を返したように、弥月を腫れ物に触るような態度をとるようになっていった。

その頃、いつものように保健室にいた俊もまた、怪我をして保健室に訪れていた生徒に見つかり、何かと探ろうとする様子が窺え、美沙都が「用が済んだら、さっさと戻る!」と一喝していた。

そんなことのくり返しで、俊は奥に設置してあるベッドに踞り、訪問者から逃げるように、息を潜めていた。


そして次の日、俊は度重なる訪問者から逃げ続けて、心労が溜まり倒れてしまう。

そして、弥月もまた体調不良を訴えて、学校を何日も欠席するなどして、やがて不登校になっていった。

このままではいけないと、圭は噂を流した張本人を探し出し、どこからこんな情報を手に入れたのかをと問い詰めると、その生徒は素直に白状した。


「塾で一緒だった奴が、言ってたんだ。そいつ、上条学園を辞めて架山と同じように、別の学校へ編入したんだって。架山とも同じクラスだったらしくて、今も意識不明になってる子の事も、少しだけ聞いた」

「でも、話聞いてて、カーストがどうとか、女王様、王様が、なんてことも言ってて、ちょっと尋常じゃ無いって思ったんだ」

「話のネタにしたのは謝るよ。でも、どう考えても、普通のイジメじゃ無いって思ったんだ。だから架山に直接聞こうと思ったんだけど…話がややこしくなっていって、こんな事になるなんて…。ほんと、ごめん!」


それを聞いて、圭も流石に普通じゃ無いと感じて、いてもたってもいられずその情報をくれた子と連絡が取れないかと聞き、その子の家に行き、何とか話してもらえないかと頼み込んだ。

その子は俊の元友人でもあり、彼自身もイジメにあっていたため、最初は拒んだが、圭の必死な姿に、これ以上の犠牲者が出ないのならと、心を決めて、自分が見て来たことを、全て話してくれた。

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