希望

数日後、彩希の容態が安定し、また一般病棟に戻ってから、俊は毎日のように彩希の元へと訪れていた。

そしてテレビ特番で、上条学園の内部告発と、カースト制度によるイジメの頻発、そして教師達の暴挙が報道されていた。


「…全部、真実が公にされたよ。」


俊は彩希に、そっと話しかけていた。

相変わらず、意識不明のまま、眠り続ける彩希に、圭が提案して、皆で千羽鶴を折って、目が覚めるように祈ろうと言った。

不器用な俊が追った鶴は、ちょっと歪になってしまったけれど、俊の妹、弥月も一緒に折ってくれたため

だいぶ数は増えていき、もう少しで千羽になりそうだった。


そして、彩希が飛び降り事件を起こしてから、1年が経とうとしていた。

外はすっかり初夏に移り変わり、強い日差しが照りつけている。

冷房の効いた涼しい部屋で、俊はまたいつものように、彩希に話しかけている。


あれから学園が訴えられて、校長を含め、多くの職員が厳重処分と成り、失職する者もいた。

イジメを行っていたカースト制度も問題視され、実際にイジメを行っていたグループは暴行罪と、脅迫罪で少年院へ送致されることに決まり、最高位だった「王様」「女王様」に対しても、処分を下された。

そして、俊を脅していた例の動画も、彼ら自身によって全てを削除され、俊と彩希に対し、謝罪と慰謝料も請求された。

さらに、生徒達に一部で、転校する者もいたが、転入先で、上条学園の出身だとわかると、今度は彼らがいじめられる状況も発生していた。

流石に、これは風評被害ではあるものの、見て見ぬふりをしてきた者への制裁だと思い、俊は心を痛めるが、彼らを赦すことはしなかった。


それでも、俊達には再び、光が照らし始めていた。

少しずつではあるが、彩希が反応を示すようになっていたのだ。

手を握り返してくれて、医師からも、もう少しで意識が戻るかもしれないとも云われて。

俊はずっと待ち続けていた。


そして迎えた、七夕の日。

病室には完成した千羽鶴と一緒に、折り紙で作った小さな笹に、皆の祈りが書かれた短冊を飾った。


―――どうか、水瀬が目を覚ましてくれますように。


俊は祈り続けて、暗くなっていく空を見上げた。

空にはうっすらと星が煌めきだして、天の川もはっきりと見えるようになっていた。

そして、自身の左腕に残された、消えかけているリストカットの痕を見ながら、もう、こんな事は辞めようと心にそっと誓って。


そしてもう一度、星空に願った。


―――この命を、半分でも分けられるのなら、彼女に分けてください。

そして、もう一度、彼女の笑顔が見れますように、と。


その祈りは届き、彩希はゆっくりと、長い眠りから目を覚ました―――。



それからの日々は、目まぐるしく過ぎていった。


意識を戻した彩希に、俊はこらえきれずに泣き崩れ、圭も敦也も駆け付けて皆が安堵の表情を浮かべた。

ずっと眠っていた後遺症で、上手く身体を動かせないながらも、彩希は「心配掛けて、ごめんね」と、俊に微笑みかけて。

俊もまた、「全部、終わったよ」と全てが公に処分されたことを報告した。

その後も、彩希はリハビリに勤しんで、少しずつ、身体を自由に動かせるようになっていった。


この事も特番で報道され、奇跡の生還者として、周りからも彩希に応援のメッセージが届き、同時に、カーストでのイジメがこれほどまで深刻化していると言うことが、問題視されるようになり、評論家の間でも「現代社会における格差社会が今、学校の中でも起きている」「彼女の生還は、周りのサポーター達がいたからこその奇跡だ」「いじめ問題を軽視していた学校側の膿みが、明るみに出された結果」と様々な意見が飛び交った。


俊も彩希も、心に負わされた傷は一生癒えることは無い。

それでも、これからの人生は、決して、辛いものばかりではない。

時には、くじけてしまうこともあるだろう。

それでも…彼らには心強いサポーターがいる。


―――圭と、敦也だ。


二人はどんなことがあっても。周りになんと言われても、俊と彩希を支え続けてきた。

そんな彼らがいたから、二人も頑張って歩き始めた。

イジメという、底の見えない暗闇から。



―――時は経ち、新年を迎えて。

彩希は学校へ復学することになるが、約1年眠っていたため、留年して、俊もまた、心の傷から教室へ行けなかった分、学力が遅れているために同様に留年し、二人揃って、もう一度3年生と成った。


そしてまた、1年が経ち、新年度を迎えた。

真新しい制服に身を包みながら、俊と彩希は揃って同じ高校へ入学し、学年は変わってしまったが、圭と敦也も同じ高校で進級した。


入学式が終わり、圭と敦也は、二人が来るのを校門で待っていた。

そして4人揃って、記念写真を撮ってもらい、俊は引き出しにしまっていた写真立てをもう一度出して、再び、サイドボードに置いた。

4人の笑顔の写真は、色褪せることなく、いつまでも俊に光を差し込んでいた。

左腕に残されていたリストカットの痕も、ほとんど目立たないくらいにまで消えて、あれから、自傷行為をしなくなったことを意味していた。


それでも、時々まだ悪夢を見る時がある。

苦しくて苦しくて、また自傷行為に走りそうになる時がある。

そんな時、すぐに仲間に助けを求めて、少しずつ、少しずつ、俊は笑顔を取り戻し、立ち直っていった―――。

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