第79話 人の手のひら返し

 ……ということがあったわけだが。


 現状では呂貴也の宣言も「口だけ番長」に過ぎないわけだ。目に見える変化と言えば、自滅がそこにあると見込んで――あるいは盲信して、麻美と梢を仲直りさせただけ。


 しかも呂貴也がそれ以上、麻美達に接触する事も無いだろうことが見込まれる。

 何しろ呂貴也は「女嫌い」なのであるから。


「……ということで、ロキは殲滅の百合リリィ・カスタトロフとしてヤバイ事はヤバイとしても、あんまり被害がある感じではないな」

「そうよね。私達は黙って見ていれば良い……モブのように」


 と、建設的に“何もしない”という結論に達した二人は、亮平の部屋でホットプレートに餃子を並べていた。

 今日はゴールデンウィークに食べた餃子のあまり――その掃討戦である。


 ハンバーグの失敗から、今度は挽肉を準備が過剰だったのだ。

 ホットプレートの餃子はジュウジュウといい音を立て、香ばしい匂いが広がってゆく。


「……となると、私にとっては何とか遠藤さん達と距離を取る方が優先順位が高くなるわね。今日の安城さんも危ないと言えば危なかったけど」

「普通に友達になれば良いんじゃ無いの? と言うか、もう友達だと思うんやけど」


 ホットプレートに用意していたお湯を注ぎ、手早くガラス製の蓋を閉める亮平。

 内部で水蒸気が立ちこめるため全く中がわからなくなったわけだが、その内収まるだろう。


「やっぱりね~、ちょっとそれは違うって感じちゃうのよね~。しばらくは大学の方で遊んで貰って、クラスにはあまり関わらないでおく」

「西山さんがそれで良いなら構わんけども」


 亮平が歯にものが挟まったような物言い。間違いなく、今更紀恵がモブを目指すのは手遅れだ、と言いたいのだろう。

 だが、それを指摘しても無益なこともまた自明の理である。


 亮平は黙って蓋を外した。


「う~ん、やっぱりニンニクちょっと増やしたのが良かったわね」


 途端に立ちこめる香りに、紀恵が快哉を挙げる。

 亮平もそれに頷き、ふと気付いたように紀恵に尋ねた。


「……やっぱり、俺達の考え方って認められないんだろうな」

「と、思うよ。改めて確認しなくても良いよ。盛本くんがいれば私には十分。それにそれだけが理由なわけじゃ無いしさ」


 何のことかさっぱりわからないと思われても仕方がない。

 実は二人はニンニクの扱われ方について全く同じ考え方をしており、それが交際のきっかけになったのである。


 その考え方とはこうだ。


 ――料理でのニンニクは良い香りにカテゴライズされるのに、何故食事が終わるといきなり忌避されてしまうのか。ははぁ、ニンニク食べたんだな、で何故済ませることが出来ないのか?


 この考え方は奇異と呼ばれるものであることは言うまでもないだろう。


 しかし紀恵と亮平の考え方は全く一致したのである。


 学祭打ち上げのカラオケ。ペペロンチーノを注文し、食したクラスメイト達が、散々に文句を言われているのを見た亮平が、ボソリと呟いたのだ。


「納得いかへん」


 と。


 全く同じ思いを抱えて、モブのように振る舞っていた紀恵は、この瞬間一気に亮平を「盛本亮平という希有な存在」として意識したのである。

 そこで今度は紀恵から亮平に話しかけ……オチをつけるなら、この時クサい仲になったというわけだ。


 だが、それがおかしな考え方であるとわかっていた二人であるので、このなれ初めは揃って口を噤むことになったというわけである。


 それが二人の間でさらに連帯感が増す要因になったのは言うまでもないことだ。

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