第70話 複雑な家庭である確率・弐

「本当だ旨い!」


 と、豚の三枚肉カレーを口にした呂貴也がそう口にしたのは保身が目的では無かったようだ。息もつかせぬ食いっぷりで、ドンドンカレーを口に運んでゆく。

 それでも呂貴也の美しさに乱れは見えない。


 ある意味シュールな光景でもあった。


「ね、盛本くんも福神漬け食べなよ」

「イヤだと言っている」


 そんな呂貴也には全く関心を払わず、紀恵は相変わらず亮平の好き嫌いに苦言を呈していた。

 そんな紀恵の矛先を逸らすように、亮平は呂貴也に話しかける。


「今更だけど久隆。いきなり俺んで夕食とか、家族から文句言われなかったのか?」

「あ、さっきの電話聞こえた。いやそれがさ、俺が友達ん家で食べて帰るって言ったら逆に喜ばれてさ」


 スプーンを咥えながら呂貴也は答えた。


「喜ぶ?」

「ああ。『やっと高校らしくなってきた』ってね。お母さんの中では高校生って、どうなっているのか……」


 文句を付けている様にも思える物言いではあったが、呂貴也の表情はどこか安堵しているように見えた。


「へぇ、良いお母さんじゃない。声が漏れ聞こえたけど、すごく明るそうで」


 紀恵が感心しように声を上げた。

 それを聞いた呂貴也は、少し目を伏せて、


「ああ……そうだな。その明るさが鬱陶しくなった時もあるけど、お母さんには本当に助けられたよ」


 と、しんみりと口にした。


 まさか亮平も呂貴也の話がこんな風に転がるとは思っていなかったのだろう。どう続けて良いのか迷ってしまう。


 前後の会話。それに細かな部分での違和感から「単なるマザコン」というわけではない事はわかる。

 わかるがしかし、そこから先の推測にまでには至らなかった。


 結果として亮平には目の前の呂貴也がただただ地雷が敷き詰められた荒野のようにに見えてしまったのである。

 ここから先、どう言葉を使えば良いのかわからなくなったのだ。


「んじゃ、そろそろ落ち着いたよね? 何だかしんみりしてるし。本当にO次郎のお母さんに感謝だわ。私達の話しても良い?」


 そんな呂貴也に向けて、紀恵は雑に切り出した。

 しかし確かに雑ではあったが、呂貴也に対して興味が無いことが幸いしたのだろう。


 紀恵が綺麗に面倒が埋まってそうな場所をスルーしてしまった。

 それに、亮平の部屋でカレーを食べることになった理由を思い出すと、むしろそちらが本命なのである。


 呂貴也も紀恵の言葉に従って、話を切り替えた。


「うん、そうだな。盛本の『告白……』からだった。俺は自分で言っちゃうけど、告白されることが多くてね」

「そこがよくわからないんだけど」

「……西山さんには受け入れられないかも知れないけど、現実そうなんだから頑張って受け入れてくれ。『現実は非情』って言うだろ?」


 確実にピントのずれたやり取りだったわけだが「現実は非情」の言葉が紀恵の琴線に響いたようだ。

 何とか呂貴也の言葉を飲み込むことにしたようだ。

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