第69話 無双は続くよ

 さて買い物のターンに移行したわけだが、ここでも呂貴也はヘマをやった。


「あのねぇ。わざわざ駅前ここで買わなくても、盛本くんの部屋の近くにスーパーがあるわけ。それぐらい想像しなさいよ」


 そのまま「知能指数が不足な感じでしょうか? 酸素の浪費をおやめになるんですか?」と続けそうな紀恵の辛辣ぶり。


 どうやら先ほどの「俺のことは知ってて当然」という呂貴也の物言いが、よほどお気に召さなかったらしい。


 そして呂貴也もぞんざいに扱われることが嬉しいらしい。

 ニコニコと終始笑顔だった。


 今まで、女性にそんな風に扱われたことが無いのだろう。何もかも新鮮というわけである。そして紀恵と亮平の関係には純粋に感心してるようでもあった。


 例えば買い物の時にもこんな一幕があったのである。


「ちなみに聞くけど、カレーに入れる肉は何が良いの?」


 生鮮食料品コーナーを通りかかったとき、紀恵が呂貴也の方を見ずに尋ねた。


「え? あ、そうか。そこから選べるのか……だとしたらやっぱり牛肉じゃないか?」


 と、呂貴也が答えると紀恵と亮平は揃って首を横に振った。


「わかってないわ」

「ああ。これは庇いようが無い」


 呂貴也にしてみれば、これほど不条理な言いがかりは無いだろう。


「あ、ええと、ごめん。じゃあ、何が……」

「豚の三枚肉だ」


 即座に亮平が答えるが、それでわかるようなら呂貴也は苦労していないのである。

 首を傾げながら「三枚肉?」とやってしまった。豚肉であることはさすがにわかったらしい。


「バラ肉の事よ……ちょっと、それもわかんないの?」


 フォローに入ったはずの紀恵が、さらに辛辣に呂貴也を腐した。

 この場合、非難されるべきは紀恵か呂貴也か。


「こういう肉だよ。見たらわかるだろ?」

「あ、お好み焼きで焼く肉か。アレは美味しいな。……で、それをカレーに入れると」


 亮平の更なるフォローで、ようやく呂貴也が理解したらしい。

 そして首を捻った。


「あんまり食べた覚えが無いな」

「「最高だから」」


 声を揃える二人。

 そんな二人を見て呂貴也はやはり嬉しそうに笑うのである。夕飯に向けて買い物に訪れた女性客達を笑顔で虜にしながら。


 さて、亮平の部屋に戻ってくると今度は紀恵が自分の家に戻り、すぐさま帰ってきた。手には何故か水筒を持っている。


「盛本くん、せめてコンソメを使おう。作っておいたものがあるから」

「西山さん、また凝ったものを……」

「負けるとわかっていても戦わなくてはならない、のよ」


 そして二人で台所に立ち、あーだこーだとやりながらカレーを作ってゆく。

 一人、テーブルの前で座り込むしかなく、つまはじきにされた形の呂貴也だったが、やはりその表情は嬉しげだった。


 その瞳に浮かぶのは憧憬と充実が同時に満ちているような輝きだったのある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る