第68話 敗北主義者の料理
さて、ゆっくり話をするために必要なものは何か?
この問いかけには誰もが同じ答えを弾き出すだろう――即ち「場所」と。
ここまでは残された三人とも同じ意見になったのだが、ここでまず紀恵が一暴れ。
「もう、盛本くんの部屋で良いんじゃない?」
と、提案してきたのだ。
この提案、紀恵にとっては亮平の経済的事情を鑑みて、という理由があるわけだが、初対面の呂貴也にとってはハードルが高くなる。
穿った見方をすれば、呂貴也にしてみれば敵地に飛び込むようなものだ。
亮平は、そういう事情を鑑みて、それを遠慮しようとしたのだが――
「ああ、それは良いね。お邪魔させて貰えるなら、俺もその方がありがたい」
と、呂貴也が乗り気になってしまったのである。
こういう流れに乗っかって、紀恵はさらに要求を突きつけた。
「じゃ、帰りに買い物するから。O次郎も付き合って。好き嫌いはあある? 作るの盛本くんだけど」
いつの間にか段取りが出来つつある。未だ三人は万里駅周辺の繁華街にいるので確かに買い物にはうってつけではあるのだが、話が先行しすぎていた。
さすがに亮平は目を白黒させるのだが、呂貴也は問題なくついていった。
「それはもちろん。あ、夕食ご馳走になれるんだ」
「これはそういう流れでしょ? 盛本くん、どうする? 『敗北主義者』で良い?」
そしてその流れに、紀恵が棹さした。
いきなり「敗北主義者」などという単語が出てきたのである。ついてきていた呂貴也が、そこで脱落してしまう。
代わりに、と言うのもおかしな話だが、そこで亮平が紀恵の問いかけに答えた。
「良いよ。と言うか他に手は無いよな」
「ま、待ってくれ。『敗北主義者』ってのは何だ?」
そして、呂貴也が必死なって追いすがった。
容赦の無い紀恵が鬱陶しそうに呂貴也を見遣る。あんまりな態度であるので、亮平が慌ててフォローを入れた。
「『敗北主義者』って言うのはカレーのことだよ」
「カレー? 何で?」
当然の疑問を呂貴也は亮平にぶつける。
すると……
「ああ、そう言えば人に説明したこと無かったっけ。ええとだな……自分で料理する時に、カレーを選択するのって負けた気分にならないか?」
「いや……俺は料理したことないし」
その呂貴也の告白に、紀恵が「ハッ」と鼻で笑った。
亮平は、そんな紀恵をなだめつつ説明を続ける。
「いや俺達は料理するときに、カレーを選択するのは“負け”だと思ってるんだ。だからカレーを選ばざるを得ないときは『敗北主義者』って言っちゃうんだよ」
「俺達?」
呂貴也は亮平の丁寧な説明の前に、主語が複数であることに引っかかっていた。
そして「人に説明したことが無い」という亮平の証言。
その二つを組み合わせれば、導き出される回答は「紀恵と亮平はいちいち説明し合う事も無く、カレーに対して同じ考え方をしていた」になる。
それを察した呂貴也は――
「ハハハハハハハハハ……!」
と再び笑いの発作に襲われたようだ。
ただでさえ目立つ呂貴也であるので、繁華街であることも手伝って注目を集めてしまう。
そんな呂貴也を見て二人がボソリと漏らす。
「盛本くん。O次郎、本当に大丈夫?」
「……俺もようわからんなってきた」
と。
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