第60話 制服なあいつ

 もちろん何も無いわけではない。道路と歩道がある。

 だが、それだけしかなければ普通は「何も無い」と言われることになるだろう。せめて街路樹ぐらいあれば良いのに、とは思ってしまうような殺風景な場所だ。


「……本当に? バス停みたいなものも無いけど」

「そういうの無いんだって。大丈夫だから。ここの歩道沿いに停まるらしい」


 紀恵のぼやきに、V田がそう返事をした。


「いや……それが本当なら――本当なんだろうけど、ここで待ち伏せって言うのは無理がある気がするな」

「そう言えばそんな話だったわね」


 続けて放たれた亮平の指摘に紀恵が同意した。V田もそれに続く。


「そうだな……やっぱり、ここではとりあえず声をかけて、実際には街の中で――あ、来たぞ」

「アレは観光バスだろ?」

「そういうバスを通学に使ってるらしい」


 曲がり角の向こうから、青でカラーリングされた観光バスが姿を現した。

 身を隠す場所も無いので、それをボーッと待って立ち尽くすしかない三人。


 確かに端から見れば、かなりマヌケな絵面が出来上がってしまっている。

 それに、それほどしっかりと相手と連絡が取れるのなら、もっと駅に近い場所で待っていても良いはずなのだ。


 その辺りも間が抜けている……どちらにしてもV田からきちんと説明して貰うべきことは色々あったはずなのだが、紀恵と亮平はよからぬ事で頭の中が一杯なので気が付かないのである。


 そんな三人を煽るかのように通学バスが三人の前に滑り込んできた。

 かなりスムーズに。


「ちょっと、脇にどいていよう」

「そうね」


 言わずもがなのことをV田が口にしたのは、緊張しているからなのか。

 そしてその緊張を後押しするかのように、ついに通学バスから美鷺高の生徒達から姿を現した。


 ボタンのない、紺色のスッとした上着。

 そしてグレーのスラックスと、意識高めの制服だった。


 だが制服であるので、様々な体型のものが着る。

 そのため、デザイナーの意図通りの意匠が力を発揮できるとは限らないのだが――


「あ、あいつだ――ロキ!」


 V田がバスを降りてくるに声をかけた。

 いやなどと迷う必要は無い。


 その男子は抜け出していた。

 身長の上でも。そしてスタイルも含めた美貌の上でも。


「――おお、谷か! 久しぶりだな。しかし、太ったな! 空手はどうしたんだ?」


 そしてロキと呼ばれた男子は、その美貌に相応しく――あるいは似つかわしくなく、快活にV田の声に応じた。


「それで俺に話があるって? で、その二人が……?」

「そうです。俺は盛本亮平」

「私は西山紀恵です」


 男子の快活さで救われたのだろう。亮平が無難な自己紹介をした。

 続いた紀恵にとっては緊張する理由がない。平然と男子に向かって自分の名を告げた。


 そんな紀恵の様子を見たせいなのか。

 男子は笑みを深いものに変える。


 そして――


「俺は久隆呂貴也。よろしく」


 自己紹介だけで久隆は場を圧倒したのである。

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