第53話 V田の誕生
いきなり割り込んできた、野太いと評価してもどこからもクレームが発生しない男子の声。
こんな場所で話し合いに及んでいるのだから、盗み聞きも何も無いのだが、麻美達の表情に険が浮かぶ。
恐らくは、女子の中では紀恵の表情だけが揺るがないだろう。
いや、それどころか「麻美のレアな表情が見れた」と昂ぶる可能性もある。
だが、この時の紀恵の反応は――
「あ! ええと、Q田くんじゃ無いんだから……そうだ! V田くんだね!」
と、喜色一杯で割り込んできた男子を指さしたのである。
「ほら、ちゃんと区別できる男の人だっているのよ。盛本くんの友達……だったはず?」
いきなり怪しくなる紀恵の言葉であるが、とりあえずV田は全くの無関係では無いらしい、ということで落ち着いた。
もちろん普通であれば、そんな理屈で落ち着けるものでは無い。
無いのだがしかし、紀恵の振るまいがおかしすぎた。
麻美達から毒気が抜かれてしまう。
「で、その~、V田だっけか」
「あ、あの~、俺は谷ってんだけど……」
麗玖紗の確認に、V田と呼ばれた男子――谷が自己紹介する。
谷の特徴と言えば、言葉を選べばぽっちゃり。選ばなければ肥満体という辺りになるだろう。痩せて、標準体型になれば……と、想像できるぐらいの大きさである。
いやそれ以前に――
「安城さん、一年も俺と一緒のクラスだろ? Aクラスの」
「谷……谷……ああ、いたな。お前、そんなに太ってたか?」
かろうじて「谷」という名前が麗玖紗の頭に引っかかっていたようだ。
だが、一年の間に体型に変化があったらしい。
結果として、麗玖紗はこういう結論に達した。
「そんな事はどうでも良い。V田。お前あの久隆って奴、知ってるのか?」
最優先事項はイケメンこと、久隆の情報収集。
谷の呼び方については、きっぱりと後回しにすることにしたようだ。
それにその判断は麗玖紗だけの判断ではなく、その場の空気が谷――V田にそれを強いていた。
わずかにV田が亮平を見遣るが、亮平は黙って首を振るだけ。
この場での抵抗は無益だ、諦めろ、という事なのだろう。
それに考えようによっては、女子達からあだ名で呼ばれるという、一種のステータスホルダーに昇格したと考えられなくも無い。
……あだ名がかなり特殊であったとしてもだ。
そしてそのあだ名の価値を高めるのは、これからの働き如何に関わっている。
麗玖紗の改めての問いかけに、V田はしっかりと頷いた。
「ああ、久隆だろ。下の名前は……ああそうだ。
V田が持ち出したその情報が正しいのかどうか。
全員が振り返って麻美に注目する。
そうすると麻美は、上気した頬で熱心に頷いた。
どうやらイケメン久隆と、V田の知る久隆は同一人物で間違いないようだ。
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