第42話 いつの間にか達成
「“遠藤さんのため”ってことは覚えてるけど、この店に来る必要って……?」
紀恵が全てを見失っているわけではない事を理解して、麗玖紗はホッと胸をなで下ろした。
そして改めて整理の必要がある事に気付く。
「ええと、だな。まず、アンタについて確かめたいことがあったんだ」
「私について?」
いかにも意外だ――いや、紀恵にとっては真実、意外ではあったのだろうが――とばかりに紀恵は声を上げる。
「いや、それは後から付け足さされた理由だからな。別に本命じゃ無い。それにそれは確かめ終わった。まぁ、問題なかったな」
腕を組みながら、麗玖紗はそう結論づけた。
本来なら、別に口に出して確認する事では無い。
それを麗玖紗が行ったのは、半ば紀恵への贖罪の意味合いもあるのだろう。
あるいは紀恵に対して友情に近いものを感じたのか。
ある種の尊敬と共に。
「それなら良かったわ。で、本命は?」
その紀恵は麗玖紗に疑われたと宣言されているも同然なのだが、それに全く頓着しない。
紀恵にとって重要なことは、
「麗玖紗が麻美を助ける構図」
であるので、他のことは自分のことであっても枝葉末節なのだ。
潔よすぎるとも言えるのだが……
「そっちも確認出来た。アンタのおかげでな」
麗玖紗もさすがに、紀恵のズレ加減には耐性がついてきたらしい。
構わず説明を続けた。
「また私? 私、何もしてないよ? 案内して……注文は誰だって出来るし……」
本気で想い悩む紀恵。
イケメンについては完全に認識していないようだ。
図らずも、紀恵の異常な認識能力について客観的に観測されたということになる。
あるいは、紀恵の主張が本当かどうかを確かめるつもりも麗玖紗にはあったのかもしれない。
だが、それも本命では無いのだ。
「それはなぁ……今の状態じゃ説明するのが難しいんだ。明日、遠藤に話をしなきゃならんから、その後でまとめてで良いか?」
出し惜しみしているわけでは無い。
何しろ本命というのは、改めて確認するまでも無くイケメンについてである。
だが、紀恵はそのイケメンを認識できないのだから、これでは説明のしようが無い。それが改めて状況を整理した麗玖紗の結論である。
「そうなんだ!? 明日、遠藤さんにね……わかった。楽しみに待ってるよ!」
これにも屈託無く了承する紀恵。
こちらも言うまでもないことだが、麗玖紗の「麻美との接触」宣言に興奮しているだけである、
その異常性を敏感に感じた麗玖紗が腕を解き、腰が引ける。
そのタイミングで、まずは「醤油そば」がやって来た。持ってきたのはイケメン店員では無かったわけだが、紀恵も麗玖紗も頓着する事は無かった。
そんな二人の反応で、周囲の女性客達もようやく紀恵への警戒心を解いたらしい。
紀恵は溌剌と麗玖紗に声をかける。
「お先にどうぞ。良いタイミングだね」
「……そうだな。じゃあ、お先に」
所々、常識人なのが厄介だな、と甚だ失礼なことを考えながら、麗玖紗はレンゲでスープをすくった。
「あ……旨いな」
「そうなのよ。さて、トマト風味はどうかな?」
――ここからは余談になるわけだが。
トマト風味のラーメンもまたごくごく普通であったことは記しておく。
それを紀恵が残念に感じたかというと、それもまた違うのが厄介なところだ。
熱心に醤油そばを啜る麗玖紗の姿は、全く以て紀恵の妄想を刺激しまくったのだから。
正しく変態である。
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