第41話 結局はダブスタでのろける
「――シソは使ってないそうです」
奥から引き返してきたイケメン店員は、粛々と紀恵に答えた。
慌てていた紀恵もそれを聞いて大人しくなり、用意してあったであろう言葉を返す。
「ありがとうございます。お手間かけました。それじゃ、ジェノベーゼの代わりにトマト風味のラーメンを。『醤油そば』はそのまま……で良いよね?」
「あ、ああ」
いきなり話を振られた麗玖紗は慌てて頷く。
そこでイケメン店員は自然な笑みを見せて、伝票に注文を書き込むと、一礼してその場を離れて行った。
その笑みは、今までこの店で見せたことが無い笑みだったのだろう。
周囲の女性客――ばかりなわけだが――から、ため息のようなものが漏れる。
何やらスマホに向かって、熱心にフリックを行っているものまでいるが、紀恵のやり方で自分にも笑顔を向けて貰おうなどと考え、そのやり方をメモしているようだ。
協定もへったくれもない有様である。
そんな中、紀恵はと言えば――
「――確かに今、注文できないメニューについて尋ねるのはおかしかったかもしれないけど、それは盛本くんがシソがイヤだって言うから……」
と、麗玖紗に向けて言い訳の真っ最中だった。
相変わらずピントがずれている。
だがそのズレ方は麗玖紗にとってもチャンスだった。
引っかかっていた部分を直接尋ねることにする。
「それなら盛本も一緒に来させれば良かったんじゃないのか?」
と。
麗玖紗は「実は紀恵も本音ではイケメンに興味があるのでは?」と疑っていたのである。だからこそ紀恵は亮平を今回の「森飯店」行に加えなかったのでは無いかと考えたのだ。
そして、それに対する紀恵の回答とは――
「あ~それね。盛本くん、こっちに来て一人暮らしって話はしたっけ?」
「……北門、南門の話の時に聞いた気もするな」
「そうかも。で、別に苦しいわけじゃ無いとは思うんだけど、余裕があるわけじゃないと思うのよね。外食はそこまでさせたくないのよ」
それを聞いた麗玖紗が驚かなかったと言えば嘘になるだろう。
直後に「すでに所帯じみている」という感想を抱いたが、それは飲み込んでおいた。
そのせいというわけでは無いだろうが、紀恵はそのまま話し続ける。
「それにね。盛本くん、私にネイルして欲しい、とか言うわけよ。料金は自分で出すとか言ってね。彼女が出来たら、そういうの頼んでみたかった……改めて説明すると、盛本くんおかしいよね?」
亮平の話が止まらない。
その紀恵の姿は麗玖紗の嫌う女子そのものだったが、麗玖紗の心には嫌悪感が湧いてこない。
その理由は? と思わず麗玖紗は内心で自問自答を始めるが、紀恵がその変化に気付いた。
「あ、ごめんね。私ばっかり」
と、自分の話を打ち切った。
紀恵としても麗玖紗の解像度を上げるのが本命なのだと気付いたようだ。
いや、本命というなら――
「ところで、どうしてこの店に来たかったの?」
と、ようやくのことで紀恵は麗玖紗に質問する。
本当に今更ながら。
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