第39話 そして接触へ……

 和に偏った店内。当たり前の話だが「森飯店」の店内は相変わらずである。

 だが、ここに正常――いやそれ以上に聡い人間の観察力を放り込むと……


(ははぁ、お互いが牽制し合ってるんだな。店内ではお行儀良くとか協定が出来てる感じか。それで逆に静かになってると)


 麗玖紗は店内の雰囲気と、こまめに交わされる客同士の視線とで、即座に現状を把握した。

 そして、店内がこんな雰囲気であるからには当然問題のイケメンもシフトに入っているのだろうと判断した。


 梢の伝手も大したもんだ、と麗玖紗は呆れながら案内された席に着く。

 案内してくれた店員は男であったが、残酷な評価だがまずイケメンでは無いだろう。


「あ、私は決まってるんだ。安城さんはどうする? 冒険を避けるなら『醤油そば』がお勧め」

「そ、それじゃ俺はそれで良いよ」


 元々、ラーメンが目的ではないので麗玖紗は店内の雰囲気に緊張しながら、紀恵の提案を了承した。

 そしてイケメンは何処にいるのか……と麗玖紗はさりげなく視線を巡らせるが、紀恵はそれに構わず手を上げ、声を出す。


「すいませ~ん、注文良いですか?」


 出来れば注文時にイケメンと接触したいと考えていた麗玖紗であるので、紀恵の行動力に一瞬慌てたが――


「お待たせしました。ご注文伺います」


 と、紀恵に呼ばれて近付いてきた店員の甘い声にまず圧倒された。

 低くは無い。低くは無いがしかし染み通るような響きを伴っている。


 こいつだ。間違いない、と麗玖紗が視線を据えた先には果たしてイケメンがいた。


 王子様のようなビジュアルでは無い。

 さらさらの前髪を二つに分けているが、髪の長さ自体はごく一般的だ。スポーツマンのようにも見えた。


 そこまで連想が及ぶと、背も百九十近くある事にも気付く。それもまた魅力になっているのだろう。


 顔を構成するパーツは、輪郭も含めて小さくバランス良く収まっている。

 中性的と言えば、その言葉を選択するのがもっとも無難という事になるだろう。


 長いまつげに彩られた目ははっきりと垂れ目であるが、それがこの店員の持つ雰囲気をさらに甘いものに導いていた。

 とどめに泣きぼくろである。


 ――確かにこれほどの美形は今まで見たことが無い。


 麗玖紗は降伏を受け入れるような気持ちで、その事実を受け入れた。

 逆に「どうしてこんな店にいるのか? モデルでも何でもすれば良いのに」と不条理な怒りまで覚えたのである。


 麗玖紗をして、そんな風に一瞬惚けてしまうほどの美しさがこの店員にはあった。

 あったのだが……


「あ、このジェノベーゼの奴をお願いします。そして醤油そば」


 紀恵は目の前のイケメンに全く気付いていないのか、全く動揺が見られない。

 この店にはイケメンがいるという大前提すら忘れてしまっているのか。


 この一瞬の交錯がもたらした接触に衝撃を受けるべきは麗玖紗なのか。

 はたまた、このイケメン店員なのか。

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