第37話 デートにもならない

 紀恵と麗玖紗。当たり前に友達では無い。この二人の共通項は「翠奉大附属高校の生徒である」。それだけだ。


 なので待ち合わせも自然と高校が一番わかりやすいということになり、今回は北門と相成ったのである。


 そして余裕を持って三時の待ち合わせになったわけだが――


「そのパターンは考えてなかった……」


 待ち合わせに現れた麗玖紗を見た瞬間、さしもの紀恵も神を恨むがごとき呪詛を口にした。

 何しろ麗玖紗は着古したグレーのジャージ姿だったのだから。


 間違い探しをするなら「下駄を履いていない」と指摘出来そうな雰囲気である。

 だが、ラーメンを食べに行くことはわかっているので、いつもの放埒な髪は後ろでまとめてある事に、すぐに紀恵は希望を見出した。


 何しろ今までは顎のラインすらわからない様な状態であったので、麗玖紗のそういった部分を視認出来る事に気付き興奮に繋げたのである。


 さすがの変態だ。


 さらに紀恵の中では麗玖紗は「麻美を守る騎士ナイト」であるので、むしろ動きやすいジャージ姿の方が妄想がはかどるというものである。

 紀恵は即座に自分の妄想を修正した。


 ――修“正”かどうかはともかく。


「よぉ、待たせたか? 時間通りだろ」


 妄想の中でどれだけ弄ばれているのか知りようもない麗玖紗は、気安く紀恵に声をかけた。


「ああ、この格好か? 俺、私服は大体これだよ」


 紀恵の反応で、自分の出で立ちに戸惑っているのだろうと、ごく一般的に判断したらしい。あるいは、自分のジャージ姿を見てきた人間へ自動的に対応しているだけなのか。


 だが、すぐに気付く。

 紀恵の目がすでに一般人の“それ”では無いことに。


「あ、アンタもごく普通で……何よりだ」


 腰を引きながら、麗玖紗が何とか紀恵の視線から逃げようとした。


 今日の紀恵の出で立ちは、カットソーの上からパステルカラーのカーディガン。

 それとジーンズ姿である。アクセサリーの類いは身に付けていない。


 トータルすれば確かに「普通」という評価が妥当なところだろう。

 

 これには紀恵の「モブでありたい」という欲望が現れているわけだが、それが麗玖紗にわかろうはずもない。


 この麗玖紗との「森飯店」行に関して紀恵は、


「着飾ってきてくれる可能性はある」


 と、判断力が妄想に侵食された状態で予想を立て、麗玖紗を際立たせるためのコーディネイトを選択した結果なので、狙い通りと言えばそうなのかも知れないが。


「よぉ、さっさと行こうぜ。坂の上にあるんだろ?」

「……そうだった。この時間帯だから問題ないと思うけど……逆に行列で待つのが大変かも」


 麗玖紗は何とか紀恵を動かそうと言葉をかけ続けた。

 それが功を奏したらしい。紀恵は何とか妄想を打ち切り、麗玖紗を案内するために先に立って歩き始める。


 その背中を見ながら、麗玖紗は改めて紀恵の出で立ちを「普通」と判断した。

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