第36話 変態と相乗り

 麗玖紗と梢が接触した翌日。麗玖紗は今にも自殺するような雰囲気を纏って、紀恵に声をかけることとなった。

 その目的は現象だけを言うなら「一緒にラーメンを食べに行こう」というお誘いだったのである。


「わかった」


 もちろん、紀恵は一も二も無くそれを了承する。

 別の教室に移動する合間に話しかけられたから、おざなりに返事をしたわけではない。


 しっかりと麗玖紗の顔を正面から見据え、実に迂闊に了承したのだ。

 どう考えても麗玖紗に扱いきれる物体では無い。


「いや、確かに問題のラーメン屋……」

「『森飯店』だね」

「ああ、そんな名前だったのか。そこに私を連れて行って欲しいんだけど――」

「OKOK」


 うんうん、と頷きながら紀恵は重ねてあっさりと了承する。

 全く必要も無いのに、言い訳じみたものを紡ぎ出そうとしていた麗玖紗を馬鹿にするように。


 いや、本当に馬鹿にするような雰囲気であれば、麗玖紗の負担は少なかっただろう。

 だが紀恵は麗玖紗に誘われたことで浮かれていて、そして実に真摯的だったのだ。


 そんな紀恵にどう対処すべきか……かなり迷った麗玖紗であったが、イヤなことはさっさと済まそう、という一般的な指標に身を委ねることにしたらしい。


「目的はだな。大きな意味では『遠藤の奴を助けよう』って目的があるんだ」


 と、おおよそ麗玖紗にとって致命的とも思われる目的を紀恵に告げた。

 当然、紀恵の目が見開かれる。


 この二人、身長差が結構あるので麗玖紗が前かがみになって、紀恵の耳元でそう囁いたのもよくなかった。

 紀恵は持っていた教科書とノートごと麗玖紗の手を掴むと、ブンブンとその腕を振り回す。


 何しろ、これでは以前、紀恵が神社で訴えた「麻美を助ける麗玖紗」の構図を受け入れたようなものなのだから。


 麗玖紗はそうと気づきながらも、紀恵を巻き込むしか無かったわけだが……


「あ、でも盛本くんは行かなくてもいい?」

「へ?」


 これまた麗玖紗にとっては意表を突かれた申し出だった。

 紀恵を誘えば、自然と亮平もついてくると考えていた麗玖紗であったが……


「……ああ、わかった。要はラーメン屋の場所がわかれば良いんだ。それならアンタだけでも十分だからな」

「それじゃそういうことで。そう言えばいつ行くの?」


 完全に尋ねる順番がおかしいが、今更言っても仕方がないことだ。

 それに段取りは出来上がっている。麗玖紗はそれを紀恵に告げた。


「日曜日が都合良いんだけど。で、四時からなんだ」

「それは半端だなぁ。でも遠藤さんを助けるためだもんね。わかったよ」


 条件が増えても、やはりあっさりと了承する紀恵。

 そんな紀恵の様子を見て、今までとは違った面持ちを浮かべる麗玖紗。


 とにかくB組が不安と期待を膨らませる週末が、この瞬間成立したのである。

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