第34話 複雑な家庭である確率

「お母さんが?」

「そう。かな~り苦労した」


 梢の言葉に麗玖紗は淡々と答える。少しばかりの芝居っ気を添えて。

 それにつられたように、梢が一歩踏み込んだ。


「あの……今は?」

「今はおじいちゃんに居るよ私。母親については死んでないことがわかるぐらいだね。さすがに死んだら連絡ぐらい来るはずだし」


 その説明だけで、梢は麗玖紗の生活環境、そしてそうなった理由も想像することが出来た。

 そんな梢を見て、麗玖紗は納得したように頷く。


「だからガキの時の経験則なんだろうな。あの昼休みの遠藤の爆発は放っておいたらヤバイ、と思って口を出させて貰った。今のところ落ち着いてはいるみたいだし、あとは放っておいても良いかと思ってたんだが、アンタはそうじゃないみたいだな」


 梢は唾を飲み込んだ。

 麗玖紗によってショートカットされてしまったが、確かにこれからが本題である。


「あ、あの、私が久隆さんを知ったのは――」

「ああ、いい、いい。その辺りの事情は。それにさっきの私の話、合ってたんだろ?」


 梢は思いきって切り出したが、早速麗玖紗がカットしようとする。

 確かに、あそこまで言い当てる事が出来る麗玖紗に、あれこれ説明するのは、言ってしまえば時間の無駄にも思えた。


 そんな梢の逡巡を見て取ったのか、麗玖紗は続ける。


「ネタばらしって程でも無いけどな。要はこれも経験則。母親の知り合いにもアンタと同じような動きをしてるのが居たって話、ただ違うのは、そのイケメンの評価なんだよ。アンタはどうも本気マジで西山もイケメンに夢中になるって考えてたんだろ?」

「ええ」


 質問形式のせいだろうか。

 梢が躊躇いなく答える。


 いや、梢が躊躇しなかったのは……


「アンタ、そのイケメンを信頼してるんだね」


 即座に麗玖紗がそれを指摘する。


「信頼って……」

「そうだろ? 出会った女全部惚れさせるなんて、そんな無茶苦茶な前提でアンタ話してるんだよ」


 そして麗玖紗は顔をしかめながら、


「その前提を覆した西山の理屈? とにかくそういうものはわけがわからないけどな」


 と、吐き捨てた。

 よほどの空恐ろしさを感じているようだ。


「そ、そうでしょ? 私も西山さんの言ってることはわけがわからないって思う」


 麗玖紗の反応に勇気づけられたのか、梢が勢い込んで麗玖紗に同意する。

 そんな梢を麗玖紗はじっと見つめていた。


 それはまるで梢を観察するように。そしてそれを梢に悟らせるように。

 今の麗玖紗と梢のように、同意し合うような会話を麻美としていた、と客観視させるように。


 梢の頬が紅潮した理由は、羞恥か。

 はたまた怒りか。


 どちらにしても麗玖紗はそれに構わないだろう。

 そしてそれを裏付けるかのように、麗玖紗は話を元に戻す。


「ま、とにかくアンタはそのイケメンをおかしな形で信頼しているとしよう。だけど、イケメンから離れるように遠藤には言ったんだよな? それは何でだ?」

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