第32話 衝突、あるいはドッグファイト
「……話、が……あるんだけど」
それでも梢による麗玖紗への接触は慎重に行われた。あるいは、麗玖紗に怯えながら、と言っても良いだろう。
それは麗玖紗に怯えているわけでは無く、これからの接触が結局のところ自分自身の罪の告白になることを予感して、そんな未来に怯えていると言っても良い。
そして麗玖紗はそんな梢の様子から、彼女もまたこれから起こるであろうことを予見した。元々、紀恵達との接触で概ね事態を掴んだと自負している麗玖紗なのである。
そうとなれば――
「あそこの限定メニュー。話を聞くんだから、それぐらいは良いでしょ?」
麗玖紗が幾分か譲歩して――何しろ男言葉を使っていない――怯える梢に取引を持ちかける流れになったのも、また必然か。
麗玖紗が紀恵達から話を聞いた――いや、それよりも先に泣く麻美に注文を付けた瞬間、麗玖紗は完全に巻き込まれていたのだ。
今更、知らぬ存ぜぬでは事態が悪化する。
麗玖紗は世の中をそういうものだと認識していた。
紀恵達に話を聞いたのも、そういう認識があってこそだ。
「限定って……ああ、あそこの。わかったわ」
ハンバーガーチェーン店の限定メニューだと思い至ったのだろう。
そのままイートインできれば、落ち着いて話をすることも出来る。
麗玖紗はそこまで見越して、この取引を持ちかけたのだろう。
その手際の良さに、梢は感心する前に戦慄した。
これからこの麗玖紗に、梢は頼み事をするつもりなのである。
~・~
その繁華街は、一種の門前町のような趣がある。
翠奉大の学生目当てに形成された繁華街であるので、一応は駅前という地帯になるわけだが、それは要素として少ないだろう。
やはり学生目当ての店舗、つまりは価格帯がそれほど高くは無い店が軒を並べているのである。
当然、附属高校の生徒達もそのありがたさを享受している事は言うまでもない。
二人が訪れたチェーン店も、大きなガラス越しに往来の様子が見える様な造りであるのだが、そこから見える景色はほぼ大学のキャンパスと変わらない。
暇を持て余した大学生達が、あてども無くフラフラとしている。
そろそろ居酒屋チェーン店が開店する時間帯なので、さらに混雑してくるだろう。
内密な話をするのにはむしろ最適な環境になる。
麗玖紗はそこまで見越していたのだろうか?
梢が声をかけたはずなのに。梢が先に告白しなければならないと覚悟を決めていたのに。
それなのに麗玖紗は梢が告白しようとした内容を、先に説明してしまったのである。
何もかも見透かしたように。
梢は当たり前に戦慄した。
「何故わかったのか?」と、言葉を選ぶ事も無く、直球で麗玖紗に尋ねてしまった。
「ああ、それはね。私が女なんか大嫌いだから。大嫌いな奴の行動パターンは何となくわかるんだ」
そんな麗玖紗の答えに滲むのは侮蔑では無くて自嘲だった。
梢はそう感じ――やはり麗玖紗にお願いするしか無い、と確信したのである。
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