第28話 ピントはずれたまま

 もちろん紀恵は鈍い。

 鈍いというよりは、そもそも何時だって意識が明後日を向いている。


 いきなり麻美の名前が挙がったのは、以下のような妄想が根っ子にあるからだ。


「なるほど佐々木さんには、何だかよくわからないけど企みがあったのね。でもそれは、遠藤さんに対してよね。そうじゃないと妄想がはかどらないわ。今は安城さんのターンだもの。今は行き違ってしまっている佐々木さんから遠藤さんを守るために、安城さんが助けようとしてるのね。ああ、いい! これはいいわ! ここでギュッと二人の距離が縮まるのよ! 最初はつっけんどんな安城さんだけど、やがて遠藤さんの可愛さに気付いて――」


 長かったでしょう。読みにくかったでしょう。飛ばしてもいいですよ。

 つまるところ、麻美を助ける麗玖紗という構図に萌えているわけである。


 この辺り、いつもの紀恵の信条とは違っているわけだが、所詮妄想である。そのまま整合性を無視し、梢を含めてキャッキャウフフ空間を作り出すに違いない。

 紀恵の脳内で。


 では麗玖紗は、どういう推測を元にして「紀恵が鋭い」などという評価にななってしまったのか。


 この時点で、麗玖紗は麻美と梢の間に何があったのかをほぼ正確に掴んでいた。

 固有名詞は掴んでいないが――だから梢が出たときの対応がああいう風になる――彼女自身が納得出来る推測を完成させていたのだ。


 紀恵がやらかしてしまっている妄想と麗玖紗の推測が違うのは、今の状況を作り出すためには麻美の動きも把握――あるいはコントロール出来なければならないなど、数々の現実に即した条件を設定しているからだ。


 麗玖紗はそれを自然に行った結果、


 ――「梢は麻美を攻撃しようとしている」


 と、いう推測が完成したのである。

 もちろん、推測はそこで終わりではない。


 続いて浮上してくる「何故、梢は麻美を攻撃しようとしていたのか?」という疑問に対しても、麗玖紗は自分が納得出来る答えに辿り着いてる。

 だが、今の時点では「梢は麻美を攻撃しようとしている」という推測までが、推測として成り立つ限界でもあったのだ。


 そんな麗玖紗の推測が成立するギリギリのポイントに、紀恵の妄言はいきなり飛び込んだのである。

 偶然が仕事をしすぎているわけだ。


 さて端から見ればピントがずれたままのやり取りで、麗玖紗は紀恵の妄言に対して「鋭い」とお墨付きを与えてしまったことになる。


 つまり諍い上等の百合妄想を信条とする、亮平の琴線に触れてしまったということだ。


 果たして亮平も妄想は再び戦乱を巻き起こす事になるのか。

 曇天の下、小さな境内が震える。


 そして正気を保ったままの麗玖紗の運命は?

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