第21話 昼休みの乱・転々々々

「な、何を言ってるの!?」


 再び麻美が叫んだ。そして今度は、意味不明な叫びではない。

 確かに、亮平の証言には重大な矛盾があるからだ。


「も、盛本くんは、西山さんの、か、彼なんでしょ? それで盛本くんは男子でしょ? それは……全然おかしいじゃない!?」


 麻美の言葉は要領は得なかったが、それでも教室中の全員が同じ疑問を抱えていたために、問題なくその叫びは受け入れられた。


 亮平の言うように、紀恵が男に対して実にぞんざいな扱いをしているなら、そもそも“彼氏”なんか発生するはずが無いのだ。


「ううん。おかしくないよ」


 妄想に入り込んでいた紀恵が、突然正気に戻ったように淡々と返事をする。


「盛本くんは彼氏だもの。特別扱いするのは当然でしょ? 前にもそんな話になってダブスタとか言われたけど、そんなの当たり前よ。好きになるって相手をダブスタするってことなんだから」


 ダブスタ――ダブルスタンダード二重基準は社会通念的には事とされている。

 しかし紀恵は、そのダブスタを行うと堂々と行うと宣言したのだ。


 それなのに、その宣言は教室内に受け入れられようとしていた。むしろ好意的と言っても良い雰囲気で。

 

 ――盛本亮平は西山紀恵にとって、特別な存在。


 付き合っている二人であるなら、そういった扱いをするのは誰もが当然だと考えるだろう。そして紀恵は、それを実践していたのである。

 甚だおかしな実践の仕方ではあったが。


 さらに紀恵は、その異常さとおかしさを続けて説明する。


「だから、盛本くんの友達もなんとか覚えようとしてるよ。そこにいるQ田くんは覚えた」

「Q田?」


 思わず教室内の誰かが声を上げてしまう。

 そんな名前のクラスメイトはいなかったし、この時、紀恵の視線の先にいたのは――


「木村……だよな?」


 続いて教室から、そんな声が上がるが間違いなくその場所にいるのは木村だった。

 そして亮平の友達であることも間違ってはいない。


 その教室全体の戸惑いに対する、紀恵の回答はこうだった。


「そんな名前だったっけ? 盛本くんの友達だから、何とか覚えようとしたんだけど、QとかVとか特徴的な名前じゃないと覚えられないのよ」


 実に無茶苦茶な理屈だが、これによって紀恵の変態性が証明されたようなものだ。


 諦観した趣のある亮平と、ますます“かわいそう”な視線を浴びることとなったQ田――もとい木村を犠牲に捧げて。


 だが、これでようやくこの問題の終局が見えてきた。

 つまり紀恵は、問題のイケメンを全く歯牙にもかけなかったことで、麻美からの非難を浴びた。そして、それと同じ理由でその非難を見当外れであると証明してしまったということになる。


 実に変態的な経緯だが、この結論は教室中に納得をもたらしたのである。


 つまり「紀恵は変態だから仕方がない」、と。

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