第18話 昼休みの乱・転

 果たして厳かな声の主は、安城あんじょう麗玖紗れくさだった。以前、紀恵が吸血鬼にしようとした女子である。

 教室の後ろで一人お弁当を食べていた麗玖紗が、全体を睥睨しながら立ち上がっていた。


 女子にしては高めの身長。そして、かなり堀が深い顔立ち。ただし前髪がその顔を覆い隠しているので、残されたのはただ不気味な威圧感だけ。


「雰囲気だけで被害者ぶるのはやめて。鬱陶しいから」


 そして変わらない厳かな声。

 甲高い――わけでは無いが、耳朶を打ち付けられるような響き。


 その標的となった麻美がビクッとなって、身を固くして縮こまっていた。涙も引っ込んでいる。


「あ、あんた、えっと安城さんだよね。いきなり……」

「“いきなり”はあんたの友達」


 弥夏が反射的に文句を言おうとしたが、あっという間に麗玖紗がそれを封じてしまった。

 そしてさらに追撃する。


「今、アンタの友達は雰囲気だけで、そこの女を悪者にしようとしたんだよ。あとでそれが違うとなったら、もっとややこしい事になる」

「それは……」


 確かに麗玖紗の言っていることの方が筋が通っていた。

 弥夏もそれを認めざるを得ない。


 一方で、救いの神が現れた形の紀恵だが、麗玖紗のそんな立ち回りに心を奪われていた。助け甲斐のない変態である。

 そして相方の亮平は「ほほう」などと言って、妄想キャスティングボードに麗玖紗を登場させたようだ。


 さすがに「吸血鬼」は受けつけてはいないだろうが、こういった強キャラは、亮平の妄想には欠かすべからざる人材ではある。

 やはり亮平もまた変態だ。


 そして変態は変態を知る。

 亮平の一声だけで全てを察した紀恵が「安城さんは私のもの」と、相方を睨め付けていた。


 言うまでもないが安城麗玖紗は西山紀恵のものでは無い。


「ちょっと、あんた」

「はい! 私のことだよね」


 逆に声をかけられた西山紀恵が安城麗玖紗の所有物であるかのような、どこか異様な溌剌とした声を返す。

 麗玖紗の勢いが少し弱まるが、口出しした以上最後まで面倒を見るつもりのようだ。


「さっきから、アイツばっかりでわけがわからない。アイツが何の話してるかわかる?」

「あ~はい。多分だけど、ラーメンの話だと思う。他に思い当たるものがないのよね」

「ラーメン?」


 今度こそ確実に麗玖紗は意表を突かれた。

 それでもすぐにジロリと麻美を睨み付けるが、未だ萎縮したままだ。それでも紀恵の言葉には腹を立てているようではあったが、麗玖紗の怖さがそれを上回っているようだ。


 そして教室内の雰囲気も一変していた。

 なんとなく紀恵が悪いんだろうな、という雰囲気から、物見高い雰囲気へと。


 何しろどこに出しても恥ずかしくない「混迷」状態である。

 こうなっては好奇心が全てに優先されるのが人類というものだ。

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