第16話 昼休みの乱・起

 果たして紀恵は本鈴に間に合ったのか、否か。

 そんなことは果てしなくどうでも良いことなので、ずずいっと時間を進めて現在は、午前中の間、抑圧されていた喧噪が一気に爆発する昼休みである。


 学年が変わり、あるいは新入生達も何となく昼休みのルーチンが出来上がる頃合いだ。探り探りの季節は終わった。


 束の間の休息の時間、昼休みを謳歌しまくりたい。そんな欲望――あるいは義務感が学校中で飽和している。


 その中で、いち早く昼休みのルーチンを完成させたグループは、少しばかりの小康状態だ。それに連れて各教室では、校内の喧噪から切り離されたような静けさがある。


 だが紀恵達の二年B組は、それとは少しばかり具合が違うようだ。

 静かは静かなのだが、言ってしまえば静かすぎる。


 教室内に何かしら緊張が満ちているように感じられるのだ。


 ではその発生源はどこか?


 それも明白だった。教室の中央、いつもなら笑い合いながら、お弁当をつついている麻美達グループが静かなのだ。

 正確に言うと、グループではなくて麻美が静かなのである。


 たどたどしく箸を使う麻美の視線の先にいるのは、机を並べていつも通り亮平とお弁当を食べている紀恵の姿があった。

 こちらは普段とさほど違った様子はない。朝の出来事などなかったかのように。


 一方で朝の出来事を知らないはずの弥夏と比奈子の方が、よほど麻美の異変に気を遣っていた。何事かあったのだろうと察してもいる。


 そして麻美の視線を辿って、紀恵が何かしら関係しているだろう事もわかってはいた。しかし、紀恵とはほぼ面識のない二人なのである。


 紀恵が麻美の不機嫌に関係あるとしても、どう話を進めれば良いのか。その入り口から見当がつかないのだ。

 それに関係あるとしても、どう関係しているのかについては想像もつかない。


 そして、麻美の視線を受けている紀恵は――


「盛本くん、どうしてフライを食べないのよ」

「おばさんが作ってくれたんだろ? 俺のことは気にしないで良いから、じっくり味わってくれ」

「ママが盛本くんに食べて貰うようにって」

「……絶対、何か入れてるだろ。フライの中にしその葉を入れてるとか」

「食べれるでしょ?」

「好んで食べたいとは思わない。出来れば食べないままでいたい」

「好き嫌いが多すぎるんだってば」

「しその葉を食べないぐらいで『好き嫌いが多い』とは言われたくない」


 ――こんな具合で、いちゃつき放題であった。


 二人は別に大声で話しているわけでは無いのだが、B組の異様な静けさが、二人の会話だけを浮き彫りにしてしまっている。

 

 紀恵達も、妄想趣味がバレないように自然と麻美達を見ないようにする心構えが出来てしまっており、今はそれが裏目に出た状態だ。


 そして、こんな風に状況が整いすぎた結果――


「ちょっと!」


 ついに麻美が爆発した。

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