第13話 紀恵の捕まえ方

 紀恵が母親と暮らしているマンションは学校の程近くにある。

 この場合の学校は附属高校ではなくて、大学の方だ。微妙に高校よりは遠い。


 亮平の部屋があるマンションはさらに高校に近いわけだが、実のところ五十歩百歩を地で行くような位置関係だ。

 亮平の部屋から紀恵が帰るときに、最初のうちは亮平も送ろうとしたのだが、紀恵は素で尋ね返してしまった。


「何で?」


 と。


 それほどに近いのだ。


 だからこそ紀恵の母親も娘がほぼ毎日、亮平の部屋で夕飯を摂るのを許可しているのだろう。母親が忙しくて、なかなか早くに家に帰れない引け目があることも間違いないが。


 もちろん亮平と母親は会ったこともあり、娘の彼氏として問題なし、という判断になっている。


 母親は娘の百合妄想趣味ついても知っているわけだが、そういう事情もあって単純に「娘に彼氏が出来た」こと自体を有り難がっている部分もあるだろう。


 まさか娘と共に亮平が百合妄想しているとは――さすがに気付いていないと信じたいところである。


 そんな状態であったので「森飯店」に行った翌日の日曜日は、母娘揃って自分の部屋の家事をまとめて済ませ、休日であるのに逆に疲れた、となっている月曜日の紀恵であった。


 そんな紀恵であるので、早くから登校するなんて事は絶対に無い。まずギリギリまで寝る。準備が出来てもウダウダとテレビを眺めて、本日の占いコーナーで手に汗を握る。


 ……そして母親に追い出される。


 そこまでが紀恵の朝のルーチンであった。


 時間割を放り込んだパステルからのリュックをカウンターウェイト代わりに揺らしながら、フラフラと校門へと向かう紀恵。

 そんな甘えた姿勢が許されるのであるから、学校が近いという環境も良い面ばかりではないだろう。


 こんな、だらしがない登校に亮平を付き合わせない部分だけは、ギリギリで紀恵の理性が仕事をしたようだ。


 だからこそ、登校途中の紀恵を捕まえようと思った場合、まず必要になるのは、


 ――「もう遅刻しても良い」


 という覚悟である。


 何しろ遅刻寸前で早足になる、翠高生の背中を悠然と見送る紀恵を待ち受けなければならないのだから。

 そして麻美はそこまでの覚悟をして、紀恵を待ち受けていたのだ。


 「西山さん」と紀恵に呼びかけているのだから、誰かと間違えているという可能性もないだろう。

 鞄を持っているので、教室に行ったわけでもなさそうだ。


 つまり、麻美はかなり強い動機を持って紀恵を待ち受けていたということになる。


 そこまでを一瞬で読み取り把握した紀恵の背がピンと伸びた。

 女の子相手には、どこまでも異常な能力を見せる紀恵。


 正しく変態である。

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