第12話 そもそものお話

 行列まで出来ているぐらいだ。つまり混んでいる店と言うことで、二人はさっと食べて出ていく心づもりだった。梢からの「頼み事」にも、


 ――「その店で粘るように」


 という指示は無かったし、この判断は適切だったと言えるだろう。

 しかし、無言で麺を啜ってさっさと終わらせよう、というのも味気ない話だ。


 とりとめのない会話をしていく内に、その話題が自然と梢――正確には梢の思惑についての話になってしまうのも無理からぬところだろう。


「単純に旨い店を教えてくれたわけじゃないとは思うんだけど……」


 スープを啜りながら、亮平がそう独りごちると、


「それはそうよ。盛本くんは佐々木さんの名前だって知らなかったんでしょ?」


 と、ごまだれを纏った麺を持ち上げながら紀恵が応じる。


「つまりは全然知らないもの同士。それなのにいきなり店を教えようって話にはならないもの。どんなに親切でも」

「そうだよなぁ。第一、俺が旨い店の情報を有り難がるなんて事は知らないはずだ」


 そして向かい合わせで麺を啜り合う二人。

 早めに席を譲ろうとという方針は継続中だ。


「じゃあ、どうやっても遠藤さんに関係してるのよね」

「そうなるな」

「ってことは、やっぱり遠藤さんと仲直りしたいって事じゃない?」


 チンゲン菜を持ち上げながら紀恵が確認していくと、卓上調味料やあとのせ用の野菜のおひたしなどに手を伸ばしていた亮平が首を捻る。


「……仲直り……か。何か違和感があるな。その間にはイケメンが挟まっているんだろ?」


 視線を逸らしたままで亮平が確認すると、紀恵はいやいやながら、それに頷いた。


「そういう風に秋瀬さんに聞いた以上の事は知らないわよ」

「じゃあ、どうやって仲直りってことになるんだ? そのイケメンとの関係性はそのままで、仲直りってことが出来るのかなぁ?」


 そう言われて、言葉に詰まる紀恵。確かに「仲直り」というのは想像しづらい。

 つまり先ほどの推測は、麻美と梢が仲直りをして、キャッキャウフフして欲しいという紀恵の欲望が溢れ出しただけだ。


「まぁ……何がどうなってるのかわからないけど、佐々木さんのお願い通りにお店に来たんだし、問題ないわよね」


 自分の欲望を自覚した紀恵が話をまとめにかかる。

 亮平もそこまでこだわっているわけではない。丼を持ち上げて、一気にスープを呷った。そして幸せそうな笑顔でこう告げる。


「――ああ、旨かった。もうそれで良いか」

「そうね。それで良いと思うわ。ただ、担々麺はごく普通だったわね」


 結局のところ「メニューによって美味しさが変わってくるなら、単純にお店の偵察が梢の目的かも」という話をしながら二人は帰路についた。


 そして月曜日。

 登校途中の紀恵は、思いも寄らぬ相手から声をかけられることとなった。


 可憐な笑顔が眩しい、遠藤麻美である。

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