第11話 名店なのかもしれない

 坂道に伸びていた行列は、やはり「森飯店」目当ての行列だった。この一帯は別に繁華街ではない。住宅地の中にある店であるので、この光景は少し異様さがあった。


 それでも待ち時間が一時間もかかるほどではない。紀恵が興奮気味であったことも手伝って、亮平はさほど待ち時間を負担には思わなかった。


 結局は三十分ほどだろうか。

 二人は店の中に無事通されることになった。


 店の中の雰囲気は随分和風に寄っている。元の蕎麦店から居抜きで、この店を開いたのだろう。ラーメン店によくあるカウンター席が無い。

 代わりに、と言うべきか小さめのテーブル席がいくつも用意されている。


 その一つに二人は案内された。早速、メニューを広げる二人。


「へぇ、結構創作系なんだな。このジェノベーゼソースの……いや、初めて来た店だからな。やはりスタンダードに基本の……この『醤油そば』から確かめるべきだろう」


 亮平は難しい顔をして、メニューの一番最初に載っている「醤油そば」を選んだ。


「そうだねぇ。盛本くんは好き嫌い多いから、迂闊に攻めたメニューに手を出せないよねぇ」


 メニューをめくりながら、紀恵が亮平の選択を混ぜっ返す。


「じぇ、ジェノベーゼソースは大丈夫だったろ? パスタで食べたことあるし」

「それにどういうアレンジされてるか、わからないから不安なのよね……あ、私は担々麺にしよう。待ってる間にちょっと冷えちゃった」


 紀恵が手を上げて、忙しく動き回っていたウェイター――この店の雰囲気に合わせるなら給仕さんだろうか――を呼んで、手早く二人の注文を告げる。


「ん? なに? 何か他にも頼みたい事でもあった?」


 注文を告げた給仕の背中を、亮平が見つめている事に気付いた紀恵が、そう尋ねると亮平は首を横に振った。


「いや、込んでるし忙しそうだから手早く済ませたいなぁ、って」

「同感。パッと済ませよう。お腹もいい具合にすいてるしね」


 そんな二人の気持ちに応えるように、随分早く「醤油そば」が亮平の前に給された。上に載っているのはチャーシューに白髪ネギをはじめとした香味野菜。ごくごくシンプルなラーメンのようだ。


 スープも澄んでいるし、店内の匂いから予想できていたが豚骨系ではないらしい。


「じゃあ、お先に……あ、これ旨いな」


 セオリー通りにレンゲでスープをすくった亮平が、感激したように独りごちた。


「そうなの? ちょっと味見させて」


 亮平がレンゲを渡すと、紀恵は身を乗り出すようにして「醤油そば」のスープをひとすくい。


「あ、こういう味になるわけか……それに美味しいね。“爽やか”っていう言い方はおかしいか。でもそんな感じ」

「うん。ただクリアなだけじゃなくて、ちょっとエグ味がある感じも良い。クセになるな。……佐々木さんには感謝しなくちゃ」

「じゃあ、常連になって坂道を登るの?」

「それがあったか……夏は避けたいなぁ」


 とにかく、贔屓の店が出来た事は間違いないだろう。

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