第10話 坂の上の店

 四月の中旬となれば、気候的にはまだまだ微妙な頃だ。寒の戻りもあるし、服装にもフレキシブルさが求められるものだ。

 それなのに桜の花は散り、刻一刻と葉桜の季節へと移り変わってゆく。


 紀恵と亮平はそんな半端な気温を感じながら、並んで坂道を登っていた。


「この辺りは変わんないね。久しぶりに来たけど」

「そうなのか。思った以上に急な坂道だな」


 亮平が梢の「お願い」を聞いてから二日後――


 土曜日と言うことで学校は休み。早速、問題のラーメン店「森飯店」へ向かっている最中である。いや、梢からは「土曜日の午後二時以降で」と指定を受けたので、何だかおかしな状態ではあるのだ。


 とりあえず、それぞれがお昼は軽くすませて、ただラーメンを食べに行くだけで行動を共にしている状態だ。

 少なくともデートではないだろう。


「今さら気付いたけど、西山さん。大学は良いのか?」


 そう尋ねる亮平は、もちろん制服姿ではない。

 ジーンズにグレーのベスト姿。近場にふらっと出て行く様な出で立ちだ。実際、地図上では亮平の部屋からはさほど遠くは無い場所ではあるのだ。


「うん。四月は色々とあるからね。授業とって、その前に下調べがあるし。今週、って言うか今月は無理なんじゃないかな?」


 紀恵は大きめのピンク色のカーディガンを羽織り、フレアな白のミニスカート姿。

 セカンドバックを振り回すようにしながら坂道を登っていた。


「だから、私は何の問題もないわけなのよ。それに盛山くん、近くで食べれるとこと探してたでしょ? 趣味的な感じで」

「うん。佐々木さんの“お願い”は、そういう意味では都合が良かったんだよなぁ。でも、今まで気付かなかった理由もわかった」


 亮平は高校入学を機に関西からこちらにやってきて一人暮らしの最中だ。

 近くにある、旨いご飯が食べられる店の情報はいつだって、ありがたい……はずなのだが、いくら近くてもこの坂道はなかなか厄介だ。


 二人が歩いている歩道の横を、路線バスが通ってゆく。恐らくは目的の「森飯店」近くにまで行くのだろうが、そこまでは経済的な事情で利用したくないところだ。


「……私の記憶だと、確かあの辺り、お蕎麦屋さんがあったのよね」

「え? ああ、日本の。和食的な蕎麦屋か」

「うん。それでカツ丼が美味しいって有名だったの」

「希によくある話だな」


 蕎麦屋なのに、蕎麦以外が有名になる現象は、もはやありきたりと言えるだろう。


「それがいつの間にかラーメン店になってたみたい。先にネットで確認して、私が……」

 

 不自然に紀恵の言葉が止まった。

 俯いて黙々と歩みを進めていた亮平が顔を上げる。


 そしてすぐに、紀恵の言葉が止まった理由を理解した。

 何しろ坂道に沿うようにして、行列が出来上がっていたのだから。恐らくは問題の「森飯店」が起点なのだろう。


「良い店みたいだね!」


 そして紀恵は満面の笑みだ。

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