何ともならない

「重い棚運ぶときも、下に段ボール敷いたりするでしょ」


母はそう説明して、父を乗せたブルーシートを引き出した。

私は足の方を少し浮かせて、母の負担を減らせればと考えていた。


いつも不幸そうで、父の顔色ばかり伺っていた母。

そんな母が顔を真っ赤にして、額に汗を浮かべている。

なんだか全然かわいそうじゃない。


いつもはリビングから近いはずの風呂場が、ものすごく遠く感じた。

しかし、この平坦な廊下を行くだけの作業は、実は楽だったのだ。


本当に大変だったのは、父を湯船に入れるとき。

母がゴミ袋でいっぱいの湯船に入り、父の脇の下に手を入れて引いた。


母が腰を悪くするんじゃないかと思いながら、私も足を持ち上げる。


父の上半身が湯船に入ったとき、母はよろけながら湯船から出た。

血の付いた手で、気にせず額を拭う。

足もゴミ袋に乗せたら、終わりだ。


母はおかしな体勢でぐったりした父を見下ろしていた。

その目は真っ暗だった。


母が無言で浴室を出ていったので、私も何も言わずについて行った。


リビングに入ると、濃い血の匂い。

これからどうやって周囲にバレないよう、父の死を隠すの?


母はふっと笑って、血まみれの服でソファに座った。

ソファはまだ血がついてなくて綺麗だったのに。


母は浅いところに、足を広げてだらしなく座った。

そんな恰好をしていれば父に怒られたから、私も初めて見た。


「あーあ、もう無理。」


母がそう言うの、私は黙って立って見ていた。


「絶対捕まるから、もう何しても無駄。そもそもあんな大きいの、どう解体するの?」


母はそう言って軽く腕を組むと、笑った。


「何とかなるかなと思って運んだけど、何ともならないね。最悪、触らなきゃよかった。」


なんだか若返ったような母は、上半身を起こして私に微笑んだ。


「今までできなかったことしよ、ピザでもとろっか。」

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ただ無意識の制裁 @morning51

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