冷静であらねば

母は血の海に、布巾を投げつけた。

さっきまで掃除に使われていた布巾は、みるみる血を吸い込んでいく。


「納屋にシートがあったね」


母はそう言って部屋を後にした。

私は真っ赤になった布巾を見つめたまま、立ち尽くしていた。


「血、吸わせなきゃ」


母の冷静さを前に、私も冷静であろうとした。

真っ赤になった靴下を脱いで、一旦ティッシュで足の裏を拭いた。

指の間まで血で温かくてぬるぬるだ。


キッチン、風呂場から布巾やあまり使っていないタオルをかき集めて持ってきた。


血の海にタオルを落として、タオルが真っ赤になっていくのを見ていた。

そうだ、これを片づけなきゃ。


キッチンから大きめのゴミ袋を持ってきた。

素手で触ることを考え、もう一度キッチンに戻った。


すでに手には血がついていたけど、両手をこすり合わせて薄く伸ばした。

ないよりはましだろう、とビニール手袋をつけた。


ゴミ袋を広げて、水気いっぱいのタオルをそっと入れる。


足は汚れてしまったけど、せめて服には血をつけたくない。

そう思って立ったまま前かがみで片づけをしていたけれど、ふと見ると私の黒いデニムはすでに濡れていた。


血の付いたタオルを、血ごときれいにしまいこみたい。

しかしぽたぽた落ちる血はどうしようもなく、ゴミ袋の外面も汚していく。



母がブルーシートを片手に戻ってきた。

汗だくでタオルを片づける私を見て、母は一度立ち止まった。


「ありがとう」


そう言うと、母はブルーシートを汚れていない床に敷いた。

そしてきれいなタオルで床に残った、飛び散った血を拭き始めた。


「これ、終わったらお父さん運ぶから、手伝って」


母の言葉に頷いた。

娘にこんなことさせたくない、とは思わないんだ。

いや、こうしたのは私だし…。


そんな風に考えながら、私はタオルをひたすらゴミ袋に捨てるだけ。


母はあらかた血を拭き終えると、電解水シートで床を拭き始めた。

しかしフローリングの隙間に入った血の色はなかなか取れない。


これって、警察が見たらすぐにわかるものなのかな。

どれだけきれいにしても、ぶわっと広がった血のあとは浮かび上がるのかもしれない。


今私がしていることは、すべて無駄かもしれない。


タオルをゴミ袋に詰め込むと、口を縛った。

母が拭いたところに血をこぼさないよう、すでに汚れた自分の服にゴミ袋を押し付けるように抱えた。


「それ、湯船に入れておいて」


リビングと風呂場を往復3回。

私は真っ赤なゴミ袋を持って運んでは、空の湯船に投げ込んだ。


汗が頬を伝って落ちる。

発生するすべてのものが、私の罪を証明する気がした。



リビングに戻ると、母が重そうに父を引きずっていた。

とはいえ母の力では、ほとんど動いていなかった。


「これ、シートの上に乗せるよ」


母に言われ、私は父の足を掴む。

ズボンの裾まで血でぐっしょりだ。


母と私はほとんど引きずりながら、父の体をブルーシートの上へと運ぶ。

父の体が通ったあとには、伸びた血のあと。


映画みたい。


「どうするの?」


そう聞くと母は


「風呂場まで運ぶ」


とだけ言った。

私は言われるがまま、ブルーシートの上で手を離した。


髪の毛を伝ってこぼれた汗で、視界がぼやけてしまう。

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