報復の手伝い

三鹿ショート

報復の手伝い

 彼女の姿は、変わり果てていた。

 顔面の半分を包帯で覆い、肌が見えている部分には傷や痣が多く存在し、虚ろな目で窓の外を眺めている。

 声をかけたが、彼女は私に一瞥も投げることはなかった。

 それを気にすることもなく、私は寝台の近くに置いてある椅子に腰をおろすと、彼女との無言の時間を過ごした。

 そのような時間を数週間ほど繰り返した後、彼女が退院する日を迎えた。

 私は彼女の荷物を持ち、隣を歩く。

 やはり無言のまま自宅まで歩いて行ったが、私が玄関に荷物を置くと、

「あなたが私を愛しているのならば、一つ、私の言うことを聞いてもらいます」

 久方ぶりに彼女の声を聞いた私は嬉しくなり、思わず振り返ったが、相手の表情を目にすると、浮かれていた自分を即座に消失させた。

「私をあのような目に遭わせた人間に、報復するのです」

 彼女が浮かべていた表情は、怒りに満ちていた。


***


 彼女が陵辱された場所は、治安が良くないことで有名だった。

 それは彼女も知っていたはずだが、何故その場所を訪れたのかといえば、料金が安いうえに美味なる料理が提供される飲食店が多かったためである。

 料理に満足して帰ろうとしていたところ、彼女は突然目隠しをされ、見知らぬ男性によって蹂躙されてしまったのだ。

 口を封ずるためか、彼女の生命をも奪おうとしたようだが、相手の暴力が甘かったのか、彼女は一命を取り留めた。

 だからこそ、彼女は報復することを決めたのである。

 だが、顔が不明である人間をどのように発見するつもりなのだろうか。

 それを問うたところ、彼女は自身の肉体を指差しながら、

「私が餌となっておびき寄せたところを、あなたが捕まえるのです。そして、私に対して罪を犯したかどうかを問うのです」

「それでは、時間がかかってしまうのではないか」

 私の言葉に、彼女は舌打ちをした。

「では、他に妙案が存在するということなのですか。教えてほしいものです」

 私は慌てて、彼女の案に賛成した。

 私は、彼女に嫌われることだけは避けたかったのである。


***


 彼女が物陰まで男性を誘導したところで、私が背後から相手を捕らえる。

 そして、近くに存在する人気の無い建物まで移動すると、椅子に縛り付けた男性に向かって、彼女が問うた。

「私に、見覚えがありますか」

 捕らえた男性は、必ずといっていいほどに、最初は否定する。

 そこで、彼女が一つの問いごとに爪を一枚ずつ剥がし、やがて剥がす爪がなくなると、次は相手の肉体に刃物で傷をつけていく。

 最後に、正直に話すことで生命だけは救うと告げると、相手は彼女とは無縁の悪事を告白するが、それは彼女にとって何の意味も無い。

 彼女は相手の一物を切り落とし、それを持ち主の口内に突っ込むと、後の始末は私に任せてその場を後にした。

 彼女の悪事が露見しては、愛する彼女と過ごすことが出来なくなってしまうために、私は証拠の湮滅に力を尽くした。

 持ち運ぶことを容易とするために、相手の肉体を切り離す作業は、どれほど回数を重ねても慣れるものではない。

 しかし、嘔吐することがなくなったことを考えると、私の感覚も段々と麻痺しているのかもしれなかった。


***


 街中を歩いていると、何時の間にか見たことがない人間たちに囲まれてしまった。

 何事もなかったかのように歩き続けるようにと告げられたため、命令に従う。

 私の隣を歩く男性は、その強面と合致するような低い声で、

「きみが恋人と何をしているのか、私は知っている」

 その瞬間、私の全身から汗が噴き出した。

 呼吸が荒くなる私に構わず、男性は続ける。

「いずれも人間の屑ばかりだが、それでも大事に思っている人間は存在している。その中の一人が私に相談してきたために、私はきみに接触したというわけだ」

 異常な喉の渇きを覚えながら、私は問うた。

「私と彼女を、排除するというわけですか」

「そうではない。これ以上余計な被害者を増やさないために、きみたちの力になろうと考えたのだ」

 男性は私に紙切れを渡してきた。

 其処には、住所が記載されている。

 私が紙切れに目を向けていると、男性は続けた。

「その場所に向かうと良い。きみの恋人が捜している人間を発見することができるだろう」

 そう告げると、私を囲んでいた人々は姿を消した。

 私は大きく息を吐きながら、その場にしゃがみ込んだ。


***


 罠である可能性も存在したために、私だけが先に教えられた住所へと向かった。

 其処は至って普通の集合住宅であり、彼女が襲われた場所とは異なり、治安が悪いわけではなかった。

 これでは、私と彼女が幾ら捜したとしても、発見することができなかっただろう。

 見知らぬ男性から教わった部屋に向かうと、一人の男性が生活していた。

 私が彼女のことを話題に出すと、男性は目に見えて動揺し、その場で土下座をした。

 然るべき機関に出頭すると告げてきたが、私は彼の肩に手を置くと、

「此処から遠く離れた場所に引き越すと良い。彼女に発見されてしまえば、その生命を奪われてしまう」

 私がそう告げると、男性は顔を上げた。

「私を、逃がしてくれるのですか」

「その通りだ。今すぐにでも、此処から離れるが良い」

 私の言葉に従い、男性は即座に荷物をまとめると、私に感謝の言葉を告げて何処かへと逃亡していった。

 これで、良かったのである。

 犯人を逃がしたことで、私は彼女と犯人捜しを続けることができるのだ。

 私に犯人の住所を伝えてきた男性に何をされるのかは不明だが、もしも彼女と共に始末されるようなことがあったとしても、死の直前まで彼女と共に生きることができるのならば、それ以上に幸福なことはない。

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