⑦
「君には暫く、この大学で共同生活を送ってもらう。
生活費や保証諸々は、国と大学が負担するので安心したまえ」
「了解ッス」
「大学の敷地内であれば、どこでも歩き回っていい。
研究に携わる教授らの許可と監視のもとであれば、敷地外への外出も自由だ」
「結構緩いんスね」
「スクティラや君達の”子供”について口を開かないのであれば、という条件つきだよ」
「一応、未知の生物の宿主なわけだからね。不用意に人に見られると面倒だし」
思いきり他人に見せてました、とは流石に言えなかった。
それから今鵺夫妻は、研究棟内での立ち入り可能場所、共同生活スペースの案内や規則等を説明した上で、コウヤに生活スペースを割り当てた。
同室になるのは、小学生の男の子であるらしい。
「さて、他に質問がなければ説明は以上だ。
細かいルーティーンなどは、はたか君たちに都度聞くといい」
「ッス、よろしくお願いします」
あらかたの説明を終える頃には、午後二時を過ぎていた。
午後二時半から会議が始まるらしく、分刻みで、研究に携わっていると思わしき教授らが次々と入室してくる。
部屋の中で各々寛いでいた男女らはというと、コウヤとはたかにちょいちょいと手招きして、教授たちから離れた位置に呼び立てた。
最初に口を開いたのは、好奇心旺盛そうな青年だ。
「ねえ、あんたも宿主なんでしょ。名前は?」
「瀧コウヤっす。今日からよろしくッス!」
「なんか元気そうな奴がきたな」
「順番に挨拶していくかい?」
誰からともなく声を上げる。
周囲にいた面々はそれぞれ首を縦に振ったり、無反応であったりした。
黒髪の、今鵺に負けず劣らず背の高い、くりっとした目をした青年が、ずいっと身を乗り出す。
「俺は
「どうも。よろしく、おにーさん。俺もここの学生で、工学部」
「八王寺先輩とは高校からの先輩後輩!」
小野と名乗った青年の隣で、先程最初に口を開いた、眼鏡をかけた赤髪の青年が片手を上げる。
じ、っとコウヤの顔を見つめると、「ゴールデンレトリバー」と呟いてにやっと笑った。犬に似ているということだろうか。
その隣からは、香ばしいドーナツにも似た匂いが漂う。
「隣の人は……」
「
サーターアンダギーを頬張りつつ、若い女性がにっこり笑いかける。
青みがかった黒髪を青のリボンカチューシャでまとめ、淑やかな淑女といった印象だ。
その隣では、快活そうな褐色肌の青年が、大きな体を丸めて立っている。
ランが微笑んで「彼は追風三好くん。高校三年生」と紹介すると、三好は「よろしくッス」と頭を下げた。
「どうも。どうもよろしく。どうも……」
他にもぞろぞろと顔を突き合わせ、めいめいが自己紹介する。なんとも個性的な面々ばかりだ。
若い子供は小学生から、大人は老人まで、全員はたして名前を覚えきれるかも分からないほどである。
出自も、北は北海道から、南は鹿児島まで様々。
かといって皆が皆、宿主というわけではないらしい。
特例としてマインドコントロールを受けなかった者や、宿主に事情があり共に共同生活を認められた者もいるようだ。
彼等は新しいメンバーが来るたびに、こうして自己紹介とコミュニケーションの場を設けるのだと小野が説明する。
「タコちゃんが生えてきた後、一緒に生活をして、三日間以上消えなかったらここに来るって人が大半なんだ。
で、ここでタコと俺達自身の様子を先生たちが観察とか検査したりするってわけ」
「基本的には自由に過ごしてるけどね。俺たちがやることといったら、タコちゃんの記録をとるくらい?」
「記録ッスか。なんか難しいことしてるんスね」
「そうでもないですよ。よかったら見ます?」
ランは机の上にある、一冊のノートを差し出した。
複数の人間が書いたらしい、文章や挿絵が記されている。
こまかく日付や日々の出来事、気温や詳細な記録を書いたものから、それこそ小学生の絵日記のようなもの、パラパラ漫画風だったり、周囲の人間のタコたちの記録をとったものまでさまざまだ。
交換ノートも兼ねているのだろうか、と見ていてほほえましくなる。
過去の記録は共同生活スペースにある棚に保管しているらしく、スクティラやその子供達に関するレポートや資料もまとめてある、とのことだった。
「とはいえ、大半が一ヶ月程度で、タコちゃんが消滅しちゃうみたいなんだけどね」
「やっぱりそれ、死んじゃうってことなんスか?」
「さあね、死と判断していいかは分かりかねるかな。
タコが消えると、体も元に戻って、その人もタコと過ごしていた記憶は次第に忘れるみたい」 と有田が説明を入れる。
「だから入れ替わり立ち替わり、って感じなんだよね。ここの人たち」
「先生たちの顔ぶれは変わらないけどね」 と別の青年が苦笑する。
教授陣営はというと、この一週間の間で観測できたスクティラの行動やタコたちについての情報、意見を交換しつつ、どういったアプローチでスクティラについて調べるか、という名目で話し合いをしている。
学生である有田が教授陣を一人ずつ指さして、小声で説明する。
「今鵺教授の隣にいる金髪が
その隣にいる血色悪くて外国のお人形みたいな人が
そんで更に隣にいるオールバックの紳士が
「危険人物?」 コウヤが片眉をつりあげると、ランがくすくす笑う。
「ヘンな人って有名なんです。師弟揃って突拍子もないことをするから」
「捕まったら最後、マレーシアに連れていかれますよ」
ひどく大真面目に小野が忠告する。冗談にしてはとても真剣な表情であった。
「教授たちって、いつも何してるンすか?」
「大体がスクティラのデータについての報告会で、半分は旅行先で食べたジビエ料理とか土産の話だね」
「研究施設っていうわりに、あんまり固い空気とか怖い感じはしないよね」
「ちょっとがっかりだよね、もっとマッドな雰囲気を期待してたんだけど」
そんな風に、研究対象となる宿主たちは気楽そうに笑う。
確かに彼等の言う通り、この場所で過ごす分には、ストレスとなる要素は少ないように見えた。
ただコウヤにとって気がかりがあるとすれば、輪の外からそっと外れるようにして静かに佇む一部の宿主たちや、困ったように微笑みながら、同じく輪からそっと離れて様子を伺う、はたかの様子であった。
その夜は新メンバーの歓迎という名目で、たこ焼きパーティーが開催された。
たこ焼き屋として、たこ焼きはメニューから外せないとコウヤが主張したことで、有田が工学部から試作のたこ焼きプレートを持ってきた。
「おじさんが、俺と同じ部屋になるって人?」
髪の長い男の子が、くりっとした目でコウヤを見上げる。
小学校低学年くらいの、愛想がよさそうな少年だ。
先日まで別の宿主である男性と同室だったが、タコが消滅したことで退去し、一人になったばかりであると聞いていた。
やや生意気そうだが、快活で付き合いやすそうな愛嬌があった。
「俺、
「よろしくッス!」
こうして、一風変わった共同生活が、にぎやかな夜と共に始まるのだった。
〇
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