第2話 自殺未遂

 恭一が入院している間、誰も彼を見舞う人はいなかった。

 家族が近くにいるわけでもなく、一度は様子を見に来たようだが、命に別条がないと知ると、すぐにそそくさと帰っていったようだ。

 彼の病室に見舞う人が少ないことで、恭一自身、自分に友達が少なかったということを思い知ったのではないだろうか。

 由紀子は、迷っていた。どうしても姉への思いがあることから、恭一の顔を見ると、姉に申し訳ないという思いと、心の中の自分にウソはつけないという思い、そして、恭一自身の気持ちに整理をつけさせることができなくなるのではないかという危惧、いろいろと考えると、どうしても、足が遠のいてしまうのだった。

 だが、どこかで一度は会わなければいけないという思いがあった。それは自分自身の気持ちに整理をつけるという意味でも必要だった。交通事故という大きくてショッキングな事件があったことで、どうしても忘れがちになってしまうのだが、最終的に問題になってくるのは、自分の気持ちだった。

 入院している恭一に、見舞いの人が極端に少ないという話を訊いたのは、偶然だったのだが、それを話していたのは、両親だった。

 両院は姉の葬儀が落ち着いたところで、恭一を見舞ったのだが、最初は、自分にも一緒にいかないかと誘ったのだが、断った。

 自分がどうして断ったのか、両親には分からないだろう。まさか妹が姉の恋人だった男性を、男として意識しているなどということを知れば、どう思うだろう。きっと由紀子に対して、

「やめなさい」

 というに違いない。

 姉が死んだことで姉の恋人を取るというのは、あまりにも罪作りなことだと思うのではないだろうか。

 姉に対しての罪作り、そうして姉の彼氏を奪うという妹の姉に対して、そして彼に対しても罪を受けるという気持ち、さらに彼も同じ思いを抱くことであろう。

 しかも、今の恭一は、かなりのショックを帯びていることだろう。

 寂しさもかなりのものかも知れない。

 ひょっとすると、その寂しさに負けて、由紀子のことを好きになってくれるかも知れない。しかし、それはあくまでも寂しさからくるものであり、恭一にもそのうちに気づくのではないだろうか。

 そう思うと、気が付いた時には抜けられない思いを抱いてしまうことになる恭一は、その時初めて姉に対しての呪縛に気づくのかも知れない。

――死んでもなお、自分に呪縛を与えている――

 ともし恭一が思ったとすれば、その憤りは死んだ姉に向けられる。

 それは、妹としてしてはいけないことであり、由紀子として、まったく望んでいないことであった。

 由紀子は、その呪縛を考えていた。

 死んでしまった姉のイメージは、白ヘビのイメージであった。呪縛を掛けるには、十分なイメージを与えてくれるのではないだろうか。

 白ヘビは、白装束を来た女性の吹く、横笛によって、操られている。その女性は平安時代の女性のイメージで、傘を被ったその上から白いベールをかぶっていて、顔が見えないのだ。

 少女のように小柄で見の軽い様子に、由紀子はその白装束の女性を、まるで自分のように感じるのだった。

 しかし、呪縛を掛けられた恭一が、一世一代の力でもって、その呪縛を払いのけると、目の前に現れた女性は、姉だったのだ。

「見たな」

 と言わんばかりに口をカッと開いて襲い掛かってくる。

 その時そばにいた白ヘビが恭一の身体にしがみつき、身体を引きちぎらんばかりの力で締め付ける。

 もがき苦しむ姿を見て、白装束の女に化けた姉はその様子を見て、笑っているだけだった。

 恭一の断末魔の形相を見ながら、姉は何を思っているのか、あの時、どうして一緒に死んでくれなかったことを悔やんでいるのか。一人生き残った恭一に迫っている妹の由紀子を呪っているかのように、その思いが、恭一に注がれているのだ。どう助けていいのか分からずに立ち竦んでいると、夢から覚めたのだった。

 ちょうどその日、偽善中、家に病院から電話があった。恭一のことらしいのだが、恭一にはなかなか連絡先のつく近くの親類もなければ、親しい人もいない。緊急連絡先として登録してあったのが、婚約者となるはずだった家族のところだった。

「もしもし、すみません。K大病院ですが、綾羅木さんのお宅でしょうか?」

 と、少し慌てた様子であった。

 ちょうど、母親は洗濯物を干すのにベランダに出ていて室内にいたのが由紀子だけだったので、電話が鳴ったのを聞いて、受話器を挙げた。

「はい、そうですが」

 と少し怯え気味で由紀子が答えると、

「実は入院中の坂出さんなんですが、急変しまして、今緊急に手術を行う予定になっておりますので、ご連絡をと思いまして」

 というではないか、ビックリした由紀子は、

「そ、それで容体の方は大丈夫なんですか?」

 と言っているところへ、母親がベランダから電話に気付いて入ってきたところだったのだが、その声を聴いてただ事ではないことに気づくと、

「由紀子、いいからお母さんに替わりなさい」

 と言われ、なかば強引に受話器を奪われる形で、母親が電話に出た。

「お電話変わりました。綾羅木の家内です」

 というと、受話器からたぶん、今と同じ内容の話をしたのだろう。

「どういうことですか? どういう状態なんですか?」

 と由紀子とほぼ変わらぬ内容の話をした。

 相手は、母親にきっと落ち着いて話したのだろう。母親も落ち着きを取り戻し、時々ではあるが、

「はい、はい」

 と、頷いている。

 さすがは、病院の事務員だけにこういう時は落ち着いているものだ。それにしても急変とはどういうことだろう?

「はい、わかりました。それでは今からすぐ伺います」

 と言って受話器を下ろした。

「どういうことなの?」

 と母親に訊きただしたが、

「詳しいことは病院に行かないと分からないわ。とにかく緊急オペになるそうなので、承認と立ち合いが必要だそうなのよ。お母さん行ってくる」

 というので、

「私も行っていいかしら? 最初に電話を取ったのは私なんだから」

 と言って母親を見つめたが、母親もそれもそうだと思ったのか、

「分かったわ。あなたもいらっしゃい。すぐに支度をして」

 と言って、母親も支度を急いで、ある程度まできたところで、

「あなたはタクシーを呼んでくれるかしら? 私はお父さんに連絡するから」

 と、いつになく低い声で指示してくる。

 これほど緊急時に母親が落ち着いているのを見ると、頼もしいくらいだ。それを見ていると、由紀子は、

――自分にも母親の血が流れているんだから、これくらいに、緊急時には落ち着いていられるかも知れないわ――

 と感じた。

 由紀子がタクシーを手配するのは慣れていた。これはもっとも、大学の時に皆でどこかに遊びに行ったりする時に、タクシー手配を何度か頼まれたことがあったからだ。その時のことが、今役立つとは由紀子も思っていなかった。

 母親も、落ち着いてタクシーの手配をする娘を見て、

――意外とこの子も冷静沈着なのかも知れないわ――

 と思ったのではないだろうか。

 由紀子がタクシーを手配している間に父親に連絡した母親は。思ったよりも電話を切るのが早かった。母親の性格だから、きっと急いでいる時は、相手に質問の時間を与えないように分かっていることを一気にまくし立てたのかも知れない。これだけ落ち着いている人であれば、それくらいのことはすぐに思いつくはずだからである。

 病院の入院受付に行って、

「坂出俊一の関係者の者ですが、連絡を貰って、駆けつけてきたんですが」

 と母親がいうと、最初は笑顔だった受付の人も、真剣な顔になり、

「少々お待ちください。医局にお繋ぎいたします」

 と言って、すぐに相手が出ると。

「坂出俊一様のことで、来られていますが」

 というと、

「分かりました」

 と言って電話を切り、

「少しお待ちください、主治医の岡崎教授がいらっしゃいます」

 と言っていると、その喉の乾かぬうちに、早歩きで、白衣の中年男性の後ろに助手のような若い男が従ってやってきた。

「これは綾羅木さんですね。わざわざおいでいただき恐縮です」

 と言って、ロビーに案内された。そのうちの奥にある全面ガラス張りのビューとなった場所の四人掛けのテーブルに座り、話をしてくれた。

「実は、坂出さん、自殺を図ったんです」

「えっ、自殺ですか?」

「ええ、どうやら、毒を煽ったようなんですが、何とか胃の洗浄と手術によって一命はとりとめることができたようです。毒の種類までは分かりませんが、何か農薬のようなものではないかと思われます」

 と訊いて、

「確か、坂出さん、田舎が農家だというようなことを言っていたような気がしたんですけど」

 と、由紀子は言った。

 それは確かに間違いのないことだった。姉からも聞かされたことであったのを覚えている。

「私、このまま結婚して、彼女の実家に行けば、農家の嫁になっちゃうわ」

 と言っていたので、

「嫌なの?」

 と聞くと、

「複雑な気持ちね。やっぱりちょっと怖い気もするのよ」

 と言っていた。

 だが、それも今から思えばまんざらでもないようなことを言っていたようにも思う。それだけ恭一のことを愛していたと言えるのだろうし、恭一に興味のあった由紀子にとっては、姉ののろけにしか聞こえなかったくらいだった。

「ところで、彼はまだ意識が戻っていないんですか?

 と母が聞くと、

「ええ、手術は成功して一命は確かにとりとめていますけども、元々交通事故で入院していて、その時婚約者の方がお亡くなりになったという精神状態からの思い余っての自殺でしょうから、意識を取り戻しても、かなりの精神的なショックが残ると思うんですよ。そのことの方が私としては心配しているんです」

 と医者が言うと、

「何か後遺症でも残るということでしょうか?」

 と母親が訊いた。

「何しろ、交通事故では命が助かったと言っても、腕が動かないという障害者になった。会社には残れるそうなんですが、実際にまだ身体を動かして仕事をしたことがないわけですよね。特に器用な人だということは伺っていますので、それが仇にならないかと心配もしているんです」

「どういうことですか?」

「そういう人って。健常者だった時のことを身体は覚えているものなんですよ。なるほど慣れてくれば器用に立ち回れるかも知れませんが、それまでは覚えている身体が言うことをきかないというジレンマを抱えなければいけない。これは不器用な人には分からない感覚なんだろうと思います。だからまわりは、『あなたは来ようなんだから、時間が経てば何でもできるようになる』と言って励ますと思うんです。でも、それが却ってその人を追い詰めることになってしまうということを分からないんですよね。これって励ます方も励まされる方にとっても、どちらも焦ってしまうことになって、結局慰めてくれているのに、『人の気も知らないで』という思いを抱かせ、下手をすると、恨みに思われてしまうという悲劇を引き起こさないとも限らないんですよ」

 というのだった。

 さらに医者は続ける。

「彼はそれを悟っているのかも知れない。信頼したい相手からプレッシャーを与えられるような人生、しかも婚約者である一番愛する人はもうこの世にはいないと思うと、死にたくなるのも仕方のないことなのかも知れません。だから、これからの彼に対しては、身体面だけではなく、精神面のケアーも大切になってきます。何しろ、彼の中には、自殺をしようとして死にきれなかったという思いも大きなプレッシャーになるんですからね」

 としみじみと語った。

「要するに生きがいを失くしたということになるんでしょうか?」

 と母親が聞くと、

「はい、その通りです。だから、自殺しようという気になったんでしょう。だからと言って、生きがいなどというのは、そう簡単に持てるものではありません。人というのは、自分の成長を通して、生きがいを見つけてきたものだから、一度失った成長は、そう簡単に取り戻せるものではない。しかし、逆にいえば、何かのきっかけで取り戻すこともできる。なぜなら、身体は成長を覚えているんですよ。今はショックやトラウマが多くて、自分が成長していたことに自信を持てないでいるんですが、一度きっかけがあって取り戻すことができると、そこからは新たな生きがいを見つけることも難しくはありません。そこで一つお知らせしておきたいことがあります。実は彼は一度だけ意識を取り戻した時がありました。今はまた少し意識不明に入っているんですが、それは、興奮状態だった彼を、鎮静剤で眠らせているということもあってのことです。そして、最初に目覚めた時の彼は、どうやら記憶の一部を失っているようなんです。目覚めた時にその意識があったようで、その憤りと、自殺をしようとした時の後遺症で、興奮状態になりました。ただ、ご安心ください。今度お目覚めになる時は、先ほどのような興奮状態ではないと思います。そして、たぶんですが、一度目覚めて興奮状態になったという記憶はないと思います。だから、皆さんも初めて目を覚ましたのだということで意思疎通の共有を図ってください。特に自殺未遂から目覚めて、しかも記憶の一部がないということで、かなり精神的に不安定な状態になっていると思いますので、付き合い方もかなり微妙になるのではないかと思います。そのあたりは、皆さんもご承知の上で、接していただけるとありがたいと思います」

 というのだった。

「記憶を失っているというのは、どういう記憶なんでしょう?」

 という母親の質問に、

「どのあたりの部分を失っているのかは分かりません。ただ、お目覚めになった時、いきなり頭が痛い素振りをしました。それは、記憶を失った人が記憶を取り戻そうとしている時の様子にソックリだったんです。人は通常、眠っている時は睡眠中の記憶を持っているので、目が覚めた時に、覚醒する形で記憶が戻ってくるんですが、自然に取り戻す記憶には苦痛は伴いません。一度失ったのか、記憶の奥に強引に封印してしまった、一緒のトラウマとなっているものは、思い出そうとする時、無理が生じて、苦痛を伴うものなんです。だからきっと彼も一部の記憶を失っているんじゃないかと思います。ある程度全部であれば、本人自体が思い出そうとする意識がなくて、苦痛は伴わないと思われるからだと言えますね」

 と医者は説明してくれた。

「じゃあ、どうすればいいんでしょうか? 昔の話などはしない方がいいんでしょう?」

 と聞くと、

「そんなことはありません。病状を何も知らないという状態でお話いただければいいと思います。ただ、皆さんがここに来られるまでに自殺をしてから彼がどのような状態だったのかということを知っていただいて、我々がその状態から判断したことをお話しているにすぎません。まずは、必要以上に驚かないでほしいという感じでお聞きください。それに今度目覚める時は普通に目覚めると思いますので、余計なことを彼に意識させないでいただければそれでいいんです。これだけが私のお願いになりますね」

「分かりました。肝に銘じます。ところで、いつ頃目が覚めるんでしょうか?」

 と聞くと、

「そうですね。個人差もあるでしょうし、先ほどの興奮状態から考えると、あと数時間もしないうちにお目覚めになるとは思います。今は集中治療室に安静にしていますが、意識が普通に戻ってくれば、一般病棟に移せると思いますよ」

 ということであった。

「それともう一つ、一応、未遂には終わっていますが、自殺をしようとしているので、警察の簡単な事情聴取はあると思います。警察の方には、今のお話はしていますので、事情聴取もそれなりに気を遣っていただけるのではないかと思っています。もちろん、警察の事情聴取には、私と看護師も立ち会いますので、そこがご安心ください」

「ありがとうございます」

「ところで皆さんは、患者さんが婚約されていて、一緒に交通事故に遭ってお亡くなりになった婚約者のお身内の方なんですよね?」

「ええ、そうです。娘が好きになって私どもも結婚を認め、あと数か月もすれば、義理とはいえ、息子になった人だったんです。私は不幸な事故が遭ったにせよ。彼を息子のように思いたいと感じています」

 とキリッとした表情で母親は言い切った。

 それを聞いて娘の由紀子も同じ思いであり、同じように真面目な顔で頷いた。

 その日、母親は仕事が昼からあるということで、一旦病院を離れなければいけなかった。

「ごめんね。由紀子に後を任せる形になるんだけど、いいかしら? 今日はどうしてもお母さんがいかないといけない仕事なのよ」

 と言って、申し訳なさそうに頷いた。

「大丈夫よ、先生もいるし、私一人の方が、あの方も目覚めた時、安心するかも知れない。あんまりたくさん人がいない方がいいというのも、一つの青果以南はないかって思うからね」

 と由紀子は言った。

――それも確かに言えるわね――

 と感じた。

 この時、初めて娘が頼りになると思ったのは、今までは姉がいて、姉を中心に見ていたところがあって、どうしてもその妹は、姉の成長の下にいるという意識を持っているからだったに違いない。

 姉の存在が母親にとって大きかったことは妹の由紀子にも分かっていた。

――本当なら、私がお姉さんの代わりに――

 と思い、癒しになれればいいという思いで、恭一の意識の回復を待っていた。

 すると恭一が目を覚ましたのは、母が仕事に行くといって病院を離れてから、三時間ほどした午後二時頃のことであった。

 母と一緒に急いで病院に駆けつけ、医者からショッキングな話を訊かされ、そして、しばらく母と一緒に恭一の意識の回復を待った。気が付けば午前十一時二なっていたのだが、その時間は思っていたよりも早く済んだようだ、

 それから、意識不明で寝込んでいる恭一と、それをじっと見守る由紀子だけの時間、その時間、由紀子は姉のことを思い出していた。

 姉は由紀子にとって、ある程度絶対的とも言える存在だった。両親もその期待をすべて姉に注いでいたと言ってもいいほど、かなりの期待をしていた。普通ならそこまで期待されれば、反抗期に少しはグレてみたりするのだろうが、姉にはそんなことはなかった。いつでも落ち着いていて、長女の風格が醸し出されていたのだ。

 妹としては、そんな姉に嫉妬しないわけではなかったが、逆に気が楽でもあった。両親の期待が姉に向いている分、こちらを向いてくれないことに寂しさはあったが、それも総学生の頃までだった。

 中学生になった頃には、プレッシャーがないことが、これほど気楽にしてくれるのかを思い知ったのは、思春期を迎えていたからであろうか、

 両親が姉に何をどのように期待していたのか、具体的には分からない。ただ、姉が交通事故で死ぬまでは、少なくとも両親の期待を裏切るようなことは一度もなかったはずだし、両親も満足していたことだろう。だからこそ、交通事故で負傷した恭一を息子同様に思っているに違いなかった。

「あの娘がいない分、せめて私たちが恭一さんを見てあげないと」

 という気持ちなのに違いない。

 由紀子が思い出していたのは、姉が恭一を紹介してくれた時のことだった。

「今日、お姉ちゃんが夕食をごちそうしてあげるから、何が食べたい?」

 というので、

「じゃあ、ステーキ」

 というと、ニッコリと笑って、

「いいわよ、じゃあ、予約入れておくね」

 と言って、その日は、朝別れたのだった、

 まだ大学生だった由紀子だったので、社会人の姉に何かいいことでもあったんだろうと思い、一緒に喜びを分かち合うつもりであったが、まさか、それが付き合っている人を合わせてくれることになるとは、思ってもいなかった。

 姉は、気さくで誰にでも好かれるタイプだったことで、彼氏くらいはいるだろうと思っていたので、彼氏を紹介してくれることに関しては驚きはなかった。

 ただ、ビックリしたのは、その男性が自分の好みとピッタリ一緒だったことにだった。

「同じ好みを持っている」

 ということで、嫉妬しそうな気もしたのだが、なぜか、嫉妬という感じはなかった。

 相手は何しろ姉の恋人なのである。そう思うと、別に嫉妬という感覚はなかった。どちらかというと、

「新しいお兄ちゃんができた」

 という感覚の方が強かった。

 実際に、彼氏として連れてきた恭一は、満面の笑みを浮かべて、目の前に鎮座していた。そこにドキッとした女性としての感覚よりも、兄を慕う気持ちがあるのは、子供の頃からお兄ちゃんがほしかったという意識を思い出したからなのかも知れない。

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