第4話 わたしたちは冒険したい

 最近、友達がさまがわりしてしまった。五月初旬の夏日なつび。ケントは憂鬱ゆううつなまま、ダンジョン実習の授業にでていた。クラスメイトのほとんどは、夏休みにダンジョンへいこうと興奮気味こうふんぎみにはなしていた。

 誰がアタッカーをやるのか。どうやってタンクをやってくれる仲間をさがすのか。不人気なポジションや、レアなスキルをもった子には同級生があつまっている。みんなメンバー勧誘をしながら、視線は中央のバトルフィールドにむいていた。

 アルはルイーズパーティの中衛位置にじんどると、右手にはつるぎを、左手には杖をかまえた。背中の盾が太陽の光を反射して輝いている。ちぐはぐな装備を笑う人はもうこのクラスにはいなかった。

 開始の合図と共に魔法をぶっぱなしたアルは、自分にヘイトがむいた瞬間走りだした。相手の後衛アタッカーの魔法のヘイトをあつめたまま、ルイーズさんとつばぜりあいしていた敵前衛の横に盾でつっこんだ。

 いれかわるように相手陣地へとびこんだルイーズさんが後衛ふたりをノックダウンして試合は終了した。前々回の授業のときと同じ、ルイーズパーティの勝利だった。

 次のパーティが対戦準備のためにたちあがった。アルがバトルフィールドからもどってくる。また腕と胸板はたくましくなったがする。入学式のときよりあきらかにお腹はへこんだ。


「ごめん付きあわせて」


「おつかれさま。大丈夫だよ」

 ダンジョン実習は参戦せずとも単位がもらえることもあって、見学者はすくなくない。でも来年は総合コースがなくなってしまうから、同じ授業はうけられないかもしれないな。


「そっか」アルがとなりに腰をおろした。ほんとうに顔まわりがすっきりした。心なしか肌も綺麗になったようにみえる。


「そ、それよかさ。やっぱりルイーズさんに告白するの?」ケントはまわりを確認してから、ささやいた。


「え、どうして?」アルはとまどった。


「ダイエット成功じゃん」

 別パーティの模擬戦がはじまって、まわりはそちらに夢中になっている。


がはやいよ。まだダイエットがちょっと成功しただけなんだから」

 アルは笑っていた。そうか、まだダイエットが成功しただけなのか。なぜかわからないけど、アルにおいていかれているがした。入学してたった三ヶ月でダイエットに成功して、魔法や剣術のスキルまで獲得しているのに————ぼくも何かがんばらないと。


 ◆


 ルイーズが相手後衛ふたりをノックダウンしたところで、試合終了の笛が鳴った。ナタリーはアルの援護用に待機させておいた魔法をといて、先生のまえに整列した。また圧勝してしまったよ。バトルフィールドからでると、同級生たちが歓声と拍手で出迎でむかえてくれる。まったく気分きぶんがよいぞ。ナタリーは髪をかきあげた。


「あーまた調子のってんでしょう。ダメだよ」


「いだっ。いいじゃん。アルがはいってからわたしたち調子いいんだもん」

 レイチェルにほっぺたをつまむと、すこしひっぱってからはなした。彼女はタオルで汗をふきながら、ひとあし先を歩いてゆく。となりに腰かけると、彼女はもう一枚のタオルをわたしてくれた。えへへへ。


「最初は正気かうたがったけどね。あの装備、もしかしてにかなっているのかもね?」

 あ、アルがいる。ナタリーが手をふると、彼もきがついて手をふりなおしてくれた。あいかわらず面白い装備編成だな。亀の甲羅のようにせおった盾は、遠くにいても彼であることを証明していた。


「あのルイーズが推薦するくらいだからね。でもさ、一体どこで仲良くなったのかな」


「あんたなにいってんの、アルフォンスはクラスメイトじゃない。いくらでもはなす機会なんてあるわよ」


「いやそれはないっしょ。加入するまでアルとルイーズがはなしてるところなんてみたことないもん」

 しゃべっていると、第二戦がはじまった。ユージもすっかり勧誘してこなくなったなあ。きっとアルの実力におったまげてあきらめたんだろう。ナタリーはドリンクをのみほしながら、第二戦の参加者たちをにらみつけていた。

 ナタリーはまわりをみまわした。ルイーズはまだお手洗いからでてこない。


「ふたりが付きあいはじめたらダブルデートしてみたくない?」

 こそこそっと耳元ではなしかけると、レイチェルがをよだたせた。するどい眼光がんこうをくねらせると、彼女の眉間みけんにしわがあつまった。まずい。


「すまぬっ でもさ楽しそうじゃない?パーティでおたがいカップルなんて」


「まあいい雰囲気ではあるよね。みたかんじアルはみゃくがありそうだけどがはやいって」

 レイチェルはハエでもおいはらうように耳をこすっていた。

 第二戦が中盤にはいろうとしたころ、ルイーズはもどってきた。強い陽射しをあびて、赤みのある長髪が輝いている。彼女はすわらずにいた。


「アルならあそこにいるよ」

 ナタリーはささやきかけた。


「ありがと」


「あいかわらずクールだねえ」


「あんたはもうちょっとクールになったほうがいいかもね。このへんとか」

 わきばらをつままれて、ナタリーは体をねじった。


「やっぱり、明日から走りこみに参加決定ね」


「いやいや、わたしは後衛の魔法使いなんだよっ?!」

 ぜったいに嫌だと手をふると、彼女は瞳孔どうこうをひらき、声音こわねをひくくした。


「あ゛っ ?ダンジョンでもしものことがあったらどうすんの」


「それはレイチェルが守ってくれるでしょっ」

 おもいきりかわいこぶると、レイチェルがしなだれかかってきた。普段ははずかしがり屋のくせに、やっぱりちょろい————あれ?


「ダーメ。わたしたちと明日から一緒に走りこむの。新メンバーだって意欲的に参加してるんだもん、ね゛?」

 怪力がひめられし細い腕を腰にまわされ逃げ道はとだえた。青筋をうかべた笑顔の彼女に、ナタリーはうなずくことしかゆるされないことをさとった。

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