第3話 わたしたちは友達

 ウィンが学校を休みはじめての七回目の夕がた、友人のフーが家をたずねてきた。彼はこの一週間の授業でくばられた魔法のスクロールを届けにきてくれたそうだ。

 ひらいた玄関のとびらからみえる空は小雨がふっていた。彼はぬれた肩からかばんをおろして、七枚のスクロールをとりだした。そのなかには一週間まえに取得した【索敵】のスキルもふくまれていた

 ウィンがれいをいうと、フーは遠慮がちに「もう学校にはこないの?」とたずねてきた。


「うん、【索敵】スキルをとったらすごい神経質になっちゃって、学校にいると辛いんだ」

 ともに沈黙すると、雨音がきわだった。


「そんなはなしきいたことないけど」

 彼はきびすをかえそうとはせず、尻すぼみにきえた声がいやにはっきりときこえた。

 こたつのあるリビングに、ココアの甘い湯気ゆげがふたつ天井へのぼってゆく。むかいにすわったフーが「学校で嫌なことをされたの?」とたずねてきたのは、足が充分にあたたまったころだった。彼はとてもいいずらそうにしていた。


「そんなことなかったよ。スキルの影響で学校生活が辛いからお休みしてるって、さっきもいったよね」


「先生に個別面談されたんだよ。ウィンがいじめられていなかったかって」

 もう、対面で理由をおはなしたじゃないか。先生はなにをしているんだろうか。


「いじめられていないのに学校にこれないの?」

 フーはマグカップをしきりに回した。


「学校が嫌いなわけじゃないよ。スキルの影響ですごく疲れづかれしちゃうんだ。無意識にをつかって、自分のことに集中できなくなっちゃうんだ」

 ウィンがココアをのみながら事情を語るあいだ、友人はまゆをひそめてだんまりしていた。



「…………ぼく帰るね」

 玄関に見送りにでると、雨はやんでいた。

 夜。フーが届けてくれたスクロールを机に広げていると、とびらがノックされた。お父さんだ。


「それでね。フーには説明できたんだけど、もうお家にはきてくれないかもしれない」

 今日の出来事をはなすとお父さんはただうなずいてくれた。お土産みやげに買ってきてくれたケーキを、ウィンはひとすくいして口にはこんだ。


「お父さんもすごく仲のいい友達と疎遠になっちゃったんだよね」


「そうだね。お父さんもっていうのはになるけどな。ウィンはまだ疎遠になったわけじゃないだろう」


「ああそうだったね」

 ぼくがおどけると、お父さんは優しく頭をなでてくれた。たしかにがはやかったようだ。

 一週間後、授業でくばられた魔法のスクロールを届けてくれたのは、担任の先生だった。先生になりたての先生は家にくるなり、申し訳なさそうに目をぎゅっとつむって、頭をさげた。


「ごめんなさいウィン君、わたしのせいで余計に学校にいきづらくしてしまって、広まってしまった誤解はわたしが時間をかけてなんとかといていきます」


「あの、悪化しないようにお願いします」

 何人かのクラスメイトが、ありもしないいじめのうたがいをかけられたことを不満におもっていることを、先生はおしえてくれた(ぼくがその不満の標的にでもなっているのかな)。先生はお父さんともはなしをまじえたあと、学校に帰っていった。


「お父さんはどうしてぼくを信じてくれたの。先生はスキルのせいで神経質になってしまったっていっても信じてくれないのに」

 お父さんがつくってくれた夕食のハンバーグがいつもどおりおいしい。父はお酒をのみながら、じぶんも似たような経験をしたことがあるとほほえんだ。


「そうはいっても自分で経験したわけではないけどね。むかし病院でつとめていたときのことだ。入社当初はおだやかだった同僚たちが一年、二年と経験をつむごとに手厳しい人になっていったんだ。その当時はステータスが開発されるまえだったな」

 わかるだろう、とお父さんは笑いかけた。


「お父さんの同僚の性格がかわったのはスキルの影響があったってこと?」


「それはわからないけれど、スキルは結果がみえるようにされただけらしいからね。人間は一緒の職場やクラスにいるだけで性格がかわることがあるんだ。スキルの影響ではなかったとしてもスキル取得にいたるまでの行動や環境が性格に影響している可能性はあるんじゃないかな」


「だからぼくのはなしを信じてくれたんだ」


「それだけじゃないさ。自分の子を信じないわけないだろう」

 お父さんはてれくさそうに席をたち、食器を洗面台へとはこんでいった。


 ◆


 いきつけの酒屋のとびらをひらくと、温かい酒と油がかおった。店員さんが案内してくれたのは、ミュリーでは手のとどかない個室だった。裕福や商家や貴族が使用する個室は、ぶあつい壁と立派なとびらでしきられていた。個室は涼やかで新鮮な空気が循環していた。


「久しぶり、さきに飲んでるよ。とりあえずこれのむ、それともなんかたのむ?」

 旧友が手にもっていたのはミュレーの月収二月分のワインだった。酔っているせいか彼女の手元はゆるくなっていて、ボトルがぬけおちそうになる。あわててグラスについでもらい。ボトルをテーブルのわきにおいた。

 ここ最近クラスでおきた問題をはなしてきかせると、サニーは他人ごとのように笑った。だからむっとして、ミュレーは心ない言葉をはきだしてしまった。


「そっちは気楽きらくそうでいいよね」


「ミュレーってば————独立するのってすごい大変なんだよ」


「ごめん」やつあたりしたのがなさけなくて、ミュレーはグラスをあおった。


「そうだよね。リスクもとらずに就職したくせに、錬金術師で成功したサニーをうらやましがって、こうやってお酒の力をかりてしか本音をいえないわたしは大馬鹿だあああ」


「いやそんなマジで怒ってないじゃん。てか飲むのはやすぎだよ」

 サニーがたんでくれたお冷と焼き飯を食べていると、じょじょに酔いが冷めてきて次第にはずかしくなってきた。


「でもマジなはなしさ。教師って給料あがんないよね」


「うん。クラブの顧問に担任、そのうえ授業とかテストとかやってるのに、わたしの給料はそのワイン以下なんだよ」


 机にあごをついて、口をとじたりひらいたりするとなぜか心地よい。サニーがそれをみて爆笑していた。


「でもいじめられていなかったんならよかったじゃない。それにしてもスキルの影響で学校生活がつらくなるのか、これは貴重な意見かもしれない。こんど冒険者の斥候せっこうさんにでもはなしをきいてみようっと」

 いまのはなしに魔道具にもつうずるものがあったのだろうか。ミュレーからすればただ頭の痛いはなしだった。彼女は上機嫌に、グラスにワインをそそいでいる。


「うん、なのにわたしがいじめをうたがってクラスで話しあいをしたせいで、一部の子たちがほんとうにヘイトをむけるようになっちゃって」


「そんで他の親御さんから苦情が届きまくったと、そりゃ災難だったね。でもいじめられてなかったことをまずはよろこんだら?」


「でもいま学校にきたらいじめられちゃうよ」


「なんか嘘くさいなあ」


「何がっ?」

 心外な言葉に、ミュレーは席たちあがった。


「ほんとうはいじめられてないのになんで学校にこなかったんだよ、とかおもってんじゃないの?」


「そ、そんなことおもうわけないじゃない」


「ふーん、ならいんだけど」とびらがノックされ、店員さんがカクテルを届けてくれた。サニーはカクテルを一口ふくみ、壁に背中をもたして、天井の照明をながめた。


「まあすぎてしまったことはどうにもならないし、次からをつけるしかないんじゃない。きっとまた同じようなことになるだろうけどさ」


「のんきにとんでもないこといわないで、もう嫌よ。こんな失敗」


「でもいじめられてるかどうかを話しあわずに確かめる方法でもない限り、同じような失敗がおきる可能性は常にあるでしょう。あんたが神様にでもなれたらいいけど、わははは————いやでもそれって失敗っていうのかな?」


「たしかに……」


「ああしぼんじゃった。まあまた悩みはきいてあげるからさ。ミュージカルみにいこうミュージカル!」


 そでのしたからとりだした二枚のチケットをふりふりしながら、サニーに手をひっぱられた。

(そのチケット二枚でわたしの給料半年分————)

 旧友はいつのまにか富裕層に片足をつっこんだらしい。

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