第1話 わたしたちは入学して恋

 入学式の帰り道。夕日のてった大通おおどおりに、人があふれかえっていた。みんな、ギルドへ帰還した有名冒険者をながめている。その人だかりのなかで、美しい彼女は頭ひとつとびぬけていた。ルイーズさんは仲のいい級友たちと夢中になって歓声をあげている。

 アルフォンスはおもわず、自分のお腹をこっそりつまんだ。有名冒険者たちは、美人のルイーズさんよりもさらに背が高く、なのにアルフォンスとちがって筋肉質でスリムだった。

 夕食どき、アルフォンスはおもいきって、好きな子がいることを母にうちあけた。食欲がないとあんじていた母の顔は一気いっきににこやかになって————アルフォンスははずかしさのあまり階段をかけあがった。ベッドにもぐりこんで、ママが二階へあがってこないことを祈る。





「っは」

 アルフォンスはあわててベットからとびおきた。眠っているあいだに時計は八時をさそうとしていた。

 アルフォンスは木製のつるぎを胸にいだいて、寝ぼけまなこをこすりながら、そおっと階段をおりた。ママに声をかけられないことだけをいのりながら————玄関をでると、地面をてらす街灯がまぶしく目にしみた。

 木刀をにぎった手を先端まですべらせると、六年ぶんのほこりがおちて、日焼けした木目もくめがあらわになる。つるぎをふるうたび、アルの影がてらされた地面にうごいた。十分じゅっぷんもすると腕がつかれて、額が汗ばんできた。ようやく運動をしているになったとき、夜道に笑い声がきこえて、アルフォンスはとびのくようにして家のわきに隠れた。


「ははははっ、もうレイチェルってば」


 ゆれるお腹や二の腕をみられただろうか。じっとしていると、笑い声は住宅街のおくへとはなれていった。

 

 翌日の昼食。アルフォンスは母のおしえにしたがって、学院の食堂でサラダ定食をたのんだ。うしろにならんでいたユージ君がわざとらしい大声でおどろくと、みんながアルフォンスのトレイに注目した。

 逃げるように席についたけれど、そのあとも視線をかんじて、ゆっくり食べることはできなかった。ゆっくり食べたほうがいいってママにおしえてもらったばかりなのに————はやくやせよう。

 放課後、アルは剣士部けんしぶの部室をのぞきにいった。屋内につくられた広い土のゆかの部屋で、百人くらいの部員が木のつるぎですぶりしてる。あんなにゆっくりふるってもいいんだ。つるぎ軌道きどうはいつのまにかすみやかにかわり、つるぎのうちあいがはじまった。

 窓をてらす夕日がいっそうえさかるころ、剣戟けんげきがやんだ土間どまで、部員たちはプランクやラウンジとよばれる運動をはじめた。みんなでえんをつくって、数をかぞえていた。家に帰ると、パパがお魚の煮つけをつくってまっていてくれた。

 お風呂にはいるまえ、ランジやプランクをやってみると、お腹や足が痛くなった。剣士部の先生が部活おわりにいっていたようにお風呂でマッサージをして、その日は気絶するようにベットに倒れこんだ。


 ◆


 最近、太っちょが部活をのぞきにくる。部長や先生はきっと入部するまえに見学しにきたんだろう。そっとしておいてやりなさいっていうけど、がちる。なんかくるたびちょっとやせてるし、みてるだけでやせるってどんだけ太ってたんだろう。部活おわり。更衣室で制服に着替きがえていると、となりのやつがにくわないはなしをしていた。


「おまえ来週で部活やめるってマジ?」


 たずねられたやつはうれしそうに「そうなんだよ」と笑っている。あいかわらず根性なしが多い。そんなならはじめから部活にはいるなよ。着替きがえをとる手に力がこもった。この魔法学院の剣士部はレベルが高いって有名なんだから練習がきついことくらいわかんだろ。

 ゲンはむしゃくしゃして、一歩一歩床いっぽいっぽゆかをふみつけて更衣室をあとにした。





「あーだりい。はやく帰りてえ」


「お、俺もう休憩~」


 翌日の練習中、ゲンのいらいらはついに爆発した。


「練習したくねえんだったら帰れよ。おまえらのなさけない文句が耳ざわりで練習にならねえんだ。消えろ根性なし」

 部室にとどろいた大声に上級生や顧問の先生の視線があつまるのをかんじても、怒りにまかせてこそこそ文句をつぶやいていた連中を罵倒しつづけた。先輩や先生たちはとめたけど、目障めざわりな根性なしどもが視界から消えるまで言葉はとまらなかった。


 部活おわり。ゲンは顧問の先生と部長、副部長と部室にのこった。先生は購買からお茶を買ってきてくれたけど飲むきにはなれなかった。


「どうして先生はあんなやつらかばうんですか」


「かばうってどういう意味だ」先生のくせに意味わかんないのかよ。


「えいひいきしたじゃないですか」


「してないよ。練習嫌いな子がいたっていいじゃないか」


 その返事をきいた瞬間、我慢が限界にたっした。


「ここは剣士部なんですよ。練習嫌いなら最初からいれなきゃいいじゃないですか。あいつらは練習中ずっと帰りてえ帰りてえいって邪魔してくるんですよ」


「それは入部してはじめてわかることじゃないか。やってみたいとおもう子たちのすべてが練習を好きになるわけじゃないし、うまくなるわけでも強くなるわけでもない。でもそれはなにも悪いことじゃないはずだ。学院もクラブ活動もできる者のためだけにあるわけじゃない」


「だから俺は我慢しなきゃならないわけですか」

 ゲンはいいかえす言葉が見当みあたらず、わきあがってきたわがままをぶつけた。だいたいあいつらだけ帰らせて、自分が居残いのこりさせられているのかも納得がいかない。


「いや我慢しなくてもいいさ。ほんとうにあの子たちが愚痴っていたのが耳ざわりで練習に集中できていなかったのか。きいてみたかったんだよ」


「どういう意味ですか」


 先生と部長が顔をみあわせた。


「みんなががんばってないのになんで俺もがんばらなきゃいけないっておもってないかってことだよ」

 部長があけすけにいった。ゲンはむっとしたが言葉はでてこなかった。


「愚痴ばっかいうやつがうっとうしいのはすげえよくわかるよ。とくに大会まえとかな。でもさ。そんなん関係なしに練習できて大会でも結果だすやつっているんだよ。アーサーとかな」


 たしかに二年生のアーサー先輩はあの根性なしどもとも仲良くはなしてる。なのに大会ではいつも優勝で、部長でもかなわない。たしかにあの人みたいになれたらいいけど。


「誰だっていらついたら声をあらげることだってある。俺は十五、おまえはまだ十三歳だしな」


「四十になっても感情をコントロールできなくなることはいくらでもある」


 先生が先輩の言葉にうなずいた。


「まだ入学して一か月もたってないから信じられないかもしれないけど、いま二・三年生でのこってる部員のなかにだって練習中さぼって愚痴ばっかいってたやつがまざってんだぜ」


「それほんとですか?」

 先輩はゲンのおどろくのをわかっていたように優しく笑った。


「おう、もちろんやめていなくなったやつだっていくらでもいる。それでも学校で顔をあわせたら馬鹿話するやつもいるよ」

 窓の夕日がよわよわしくなるにつれて、いつのまにかゲンの怒りはしずまりつつあった。先生はほほえんでいた。


「もし練習中にさぼっててストレスがたまったら俺でも部長でも先輩部員でもいい。はきだしてみろ」


「はきだしたらどうにかなるんですか」


「どうにもならんさ、むかつくものはむかつく。でももしかしたら多少はらくになったり、部活をやめた先輩たちのその後をきいたら理解できるかもしれない。退部した先輩たちのことや、退部しても仲のいい先輩たちのことがな」


 学院の玄関をでると、夕日が山脈におちてきえそうになっていた。先生に見送られて、ゲンは先輩とともに帰路についた。ゲンは暗くなってゆく山脈をながめながら、先生の最後の言葉をおもいだしていた。

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