ステータスは月額制

明知 宗助

プロローグ わたしたちは月額制

 森をぬけた丘で薬草をつんでいると、うすぐらい雲に光がはしった。モーリは急いで薬草を袋につめると、山道やまみちをかけだした。服をぽつぽつとめてはかわいていた雨が、山の中腹ちゅうふくあたりで土砂降りにかわった。

 今日は梅雨のという予報だったのに、シャツをしぼると水がしたって、洞窟の乾いた地面をぬらした。薬草のはいった袋をわきにおいて、ぼんやりと空をながめていると、大きな影がのっそりと洞窟のなかにはいってきた。

 龍は頭をかがめながら、モーリのとなりにやってくる。

 目をそらしちゃダメだ。目をそらさず、ゆっくりとさがって————どこかの木陰こかげに隠れよう。モーリは洞窟の外にむかってあとずさった。しかし背後の斜面に足をとられ、体勢たいせいをくずしてしまう。その瞬間、龍が大口をひらいて、目前もくぜんにせまった。もうだめだ。ぎゅっと目をつぶると、にのうでをざらざらとしたなにかに巻かれた。


「クルウ……」

 身体をちぢこませることしばらく、地面におろされた。モーリはおそるおそる目をあけた。にのうでにまきついていた舌ベロがゆっくりとはなれてゆく。


「ありがとう……」


「クウウ……」

 怪我をしているのか。へたりこんだ龍の片翼は焼けげていた。きっと雷にうたれてしまったのだろう。この時期には珍しくないと師匠がいっていたのをおもいだした。


(薬はあるけれどさわっても怒らないかなあ)

 空はごろごろと雨をふらせつづけている。おふるの袋を背中からおろした。すり鉢をとりだすと、龍が鼻さきでつついてきた。


「ダメだよ」

 鼻を両手でおしかえす。優しい龍はおもしろがった。なんども同じやりとりをしていたせいで、薬ができたころにはすっかり昼間になっていた。雨はあがり、木の間このまから強い陽射しがさしこんだ。龍は包帯の巻かれた片翼を満足そうにうごかしながら、わがものがおでモーリの昼飯をたいらげた。 


 師匠の家の二階で目をさますと、誰かが窓をたたいている。力が強すぎて、窓どころか家がゆれていた。しかたなく窓をあけると、燃えるような瞳と、簡単に人をのみこめる大口おおぐちが、部屋のなかへはいってきた。


「ルビー、お願いだから家を叩かないでよ。師匠の家が壊れちゃう」

 もう二週間もたったのか。心なしかであったころよりも大きくなっているがする。


「グルウウウッ」


「ああまた金貨をもってきたの。そんなにうけとれないよ」

 みおぼえのある大きくふくらんだ袋が、牙にぶらさがっていた。


「グルッ」

 ルビーはこれでどうだと言わんばかりに、エヴァンジェリンさんからの手紙をくわえてみせる。そこにはルビーがどうしてもというからうけとってあげてくれと書いてあった。


「ありがとう。ちょっと悪いがするけど、おかげでステータスの月額契約ができそうだよ」


「グルウウウッ、グルッ」


「えっいまからいこうって?」

 首根っこをくわえられて庭へでると、ルビーは『みてみて』とでもいうように翼をはばたかせた。家よりも大きな翼が上下するたび、周囲の木々きぎが悲鳴をあげる。ここは森の奥深くにあるからいいけれど、ほんとうに街へいっても大丈夫なんだろうか。包帯をはずすと、雷にうたれた翼はすっかりよくなりつつあった。モーリは薬を塗りなおし、新しい包帯をまいた。


「はい、今日の包帯交換はおしまいだよ」

 ルビーが嬉しそうにじゃれつくので、よそゆきの服はよだれでびしょびしょになった。


「モーリ、街へいくならハンバーガーを買ってきておくれ。ん?おや、ありがとうやルビーちゃん。おかげで良い稼ぎになるわっはっは」

 ルビーは『はえかわりでうきあがったウロコをとってくれ』とでもいうように、師匠に尻尾をすりつけた。

 毎朝、龍が遊びにくるようになってしばらく、師匠は鱗をわけてくれると大喜びしている。言葉がわかっているはずだから————師匠と一緒に笑いあっているということは、ルビーもお金が好きなのだろうか。モーリもこのあいだのお礼のおかげで生活に余裕ができはじめている。口元をなでると、ルビーはくすぐったそうに首をうねらせ、モーリをくわえた。


「毎度ありがとうございましたあ」

 ルビーがひとっとびしてくれたおかげで、モーリはお店が開店するまえに街についた。モーリはステータスの月額契約をすませると、賢者公園のベンチへ小走りでむかった。

 ついてる。今日は誰もいない。モーリはベンチにすわって、念願だったステータスをひらいた。


「わあ、ちゃんと〈スキル〉のらんに【採取】って書いてある。ジョブも〈薬師見習い〉ってでてる。ちゃんとできるようになったことは表示されるんだ。あ————【調合】の経験値メーターがほんのちょっとうまってる」

 弟子入りして三か月だから、あと二年くらいがんばれば調合ができようになるのかな。こりゃあ、みんな成長がはやいわけだ。あとどれくらい練習すれば技術がものになるかわかるなんて、なんてらくなんだろう。


「グルウウウウウッ グルウ グルウ」


「ありがとう。ぼく学院にはいれなかったから、ステータスの無償補助をうけられなかったんだ。ルビーのおかげだよ」

 ルビーが顔をよせてくれたので、モーリはおもわず抱きついた。あたたかい鼻息が顔をくすぐった。


 キーンコーンカーンコーン。


 ルビーとじゃれあっていると、学院の鐘が鳴った。そろそろ師匠の家にハンバーガーをもって帰ったほうがいいかもしれない。モーリが背に乗ると、ルビーは翼をはばたかせた。


(あれ、アルフォンス?)

 ルビーが学院の上空をとおりすぎるとき、グラウンドで模擬戦をしているパーティのなかに、中等部時代の友人がいた————そんなわけないか。地上からはるか上空をこんな、とんでもない速度で飛んでいるんだ。顔がみえるはずがない。モーリはふりおとされないよう、ルビーの背中に必死でしがみついた。

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