足音

西順

足音

 カツカツカツカツ……。


 足音が付いて来る。気になってヘッドホンを外して振り返るも、そこには誰もいない。誰もいない道だから当たり前なのだけど。ごく普通の住宅街で、時刻は夕刻。オレンジと言うよりも赤い夕闇に街が沈む中、私以外に歩いている人物なんて誰もいない。気のせいだと思い直してまたヘッドホンを付け直して歩き出す。


 カツカツカツカツ……。


 気のせいじゃない。自分の後を付いて来る足音が聴こえる。誰!?


 私が勢い良く振り返るも、やはりそこには誰もいない。気のせい?


(……ぇ……)


 声が聴こえた。薄っすらとだけど、確かに聴こえた。女の声だ。誰?


 辺りを見回すも誰もいない。


(……ぇ……)


 また女の声。それも違う女の声だ。


「だ、誰よ! からかっているんでしょ!?」


 張り上げた自分の声は震えていた。


(……ぇ……)


 また違う女の声。ふざけないで! 地元の子供のイタズラ? 全く、とんだ悪ガキどもだ。そう思い直して、また歩き出した。


 カツカツカツカツ……。


 やはり付いて来る。どうしたものか。この近辺では近頃女が刺される事件が多発している。女ばかり狙われるので、マスコミは日本のジャック・ザ・リッパーなどと煽っているが、同じ女の身からしたら、これ程怖い事などない。


(……ぇ……)


 また女の声が聴こえた。でももう振り返ったり、辺りを探る気力が湧かない。仕方がない。道を変えよう。


 私は近道だったこの通りから、十字路を右に曲がり先を急ぐ。


 カツカツカツカツ……。


 だがやはり足音は付いて来て、女の声が耳元で囁く。しかも最初は遠く、薄っすらしていた女の声が、今は耳元で聴こえるのだ。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い。私は耳を塞いで、足音から逃げるように早足で歩いていた。


(……だめぇ……)


 そしてそのはっきりと聴こえた制止の声に、私は思わず足を止めていた。


(駄目)


(逃げて)


(何故こっちへ来てしまったの)


 幾つもの声が、私へ憐れみの情を含んだ声で、警告していた。


「駄目って何よ! 私はあなたたちから逃げてきたのよ!」


 既に藍色に染まって、周りに誰がいるかも分からない暗い路地で、私は中空に向かって叫んでいた。


(私たちはただ警告していただけ)


「警告? 警告って……?」


「こう言う事だよ」


 男の声がすぐ後ろから聴こえたと思ったら、口を手で抑えられ、暴れる暇もなく私の喉にナイフが突き刺されていた。これで悲鳴を上げる事も出来ない。殺しに慣れた犯行だ。


 男は私を地面に押し倒すと、


「くっくっくっくっ……」


 と嫌な笑い声を上げ、ライトで私の顔を照らした。元から周囲は暗くて、男がいるのも分からなかったが、ライトの光が眩しくて、余計に男の顔が分からない。


「その顔。それを愉しみにしていたんだ」


 男は余程嬉しいのだろう。肩を震わせ笑っている。


「何で自分なのかって顔だね? 種明かしをしてあげよう」


 そう言うと、男は私からヘッドホンを取り上げ、手元で何か操作すると、そのヘッドホンを私の耳元に近付ける。


 カツカツカツカツ……。


 ヘッドホンから足音が聴こえてきた。


「僕はITエンジニアの仕事をしていてね。Bluetooth越しに任意のヘッドホンやイヤホンに、こんな音を出させるくらい訳ないのさ。そしてそれを使って、人の動きをある程度誘導する事だって可能だ。今の君の様にね」


 そうか、逃げていたと思っていたけれど、人気のない場所へと誘導されていたのか。私が絶望しているのが余程嬉しいのだろう。男はまた、


「くっくっくっくっ……」


 とひとしきり笑い、笑い終えたなら呆気ない程簡単に私の心臓にナイフを突き刺し、トドメを刺したのだった。


「今回の殺しも楽しかったが、やはりこうなったか」


 言って男は私に向かって冷たい視線を向けてくる。霊体となり、視えなくなったはずの私に向かって。


「しかし誤算だった。まさか自分が、殺した女の霊が視える体質だったなんて。何事もやってみないと分からないものだな」


 そう吐き捨てると、男は私の死体をその場に放置して立ち去ろうとする。


(待ちなさい!)


 私は声を張り上げ男の後を追う。私だけではない。この男に殺された何人もの女の霊が、男に取り憑く様にしてその後を追うのだった。いつか男が警察に捕まり、私たちが成仏するその日まで。

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足音 西順 @nisijun624

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