第7話 犯人の意図

 支店長も異変に気付いたようで、その事務員に無言で電話機のボタンを押す素振りをした。どうやら、スピーカー機能にするように命じたようだ。

 さっそく他の刑事や事情聴取を受けていた事務員に、さっと緊張が走った。今、皆の注目を浴びている電話を取った女性は指を震わせながら、スピーカーボタンを押していた。

「こちらは、おたくの社長を誘拐したものだけどね」

 と、人間の声とは思えないほどの甲高い音で、変声機を使っているのが分かった。まるでロボットか、ヘリウムガスを吸いながら話をしているかのようだった。

「社長を誘拐ですって?」

「ああ、そうだ。それでそちらに支店長がいるだろう? 変わってもらえるかな?

 まあ、もっとも、スピーカーにしているのであれば、それでもかまわないが」

 と言って笑っている。

 どうやら、こちらの動きはみえみえのようだ。

「私が支店長だが、君が社長を誘拐したというのは本当か?」

「ああ、本当さ」

「何が目的だ。金か?」

 とまるで誘拐ドラマのセリフそのままである。

「金? 何を言ってるんだかな。お前頭が悪いんじゃないか? そんなものはいらないよ。社長を拘束するのが目的だとでも言っておこうか」

 と相手は意味不明なことを言った。

 彼の言っていることは、実は的を得た答えだったのだが、慌てふためいてパニックっている事務所では、警察までもが、完全に普通の誘拐だと思い込んでいるようだった。

 もっとも、この男にはその方が都合がよかった。警察がそっちの路線で捜査してくれている分には、作戦通りだった。作戦の本質は、警察や犯人の目をこちらに引き付けておくことにあったのだ。

 そのことはもっと後になって徐々に分かってくることであるが、今K支店の事務所にいる連中の誰一人であろうとも、誰がそんなことに気づくというのか、電話口の向こうでは、犯人が嘲笑っているかのようだった。

 支店長はとにかく、社長の無事だけは知りたいようで、

「社長は無事なんだろうな? 声だけでも聴かせてくれ」

 と、犯人がいうことを聞くわけはないだろうという予感を抱いていたのだが、意外とその要望はすんなり通った。

「よし、分かった。少しだけ聞かせてやろう」

 と言って、受話器の向こうで、

「早くしろ」

 という罵声が聞こえた。

「おお、皆、私は無事だ、心配しないでくれ」

 とそこまでいうと、それ以上社長は何も言わなかった。

 それを聞いて、横山警部補は、

「あれ?」

 と思った。

 犯人が簡単に声を聞かせたのも変な気がしたし、声を聞かせるチャンスを与えられた社長の方も、本当に必要以上のことは言わなかった。本当であれば、犯人に繋がる何かだったり、場所のヒントくらいは与えようと考え、それに気づいた犯人に、止められるというのがよくあるパターンであったが、まったくそんなこともなく、まるで誰かが書いたシナリオを。忠実に演じているかのように思えて仕方がなかった。

 そのシナリオは誰が考えるというのか、この犯人なのか、もしこの犯人だとすれば、社長のこの素直さは何なのだろう? それほど激しい脅迫を受けていて、何もできない雁字搦めの状態にさせられているということなのだろうか?

 それを思うと、横山警部補は、自分がこの状況をどう判断すればいいのか、躊躇していた。普段であれば、もう少し自分の考えに自信を持ち、まわりを誘導するくらいの気持ちになって先導する気持ちになるのに、まず自分が迷ってしまって、何をどうしていいのか、思考回路がマヒしてしまっているかのように思えたのだ。

――私は一体、どうすればいいんだろう?

 今までの刑事として培ってきた自信であったり、経験から来るものも、通用しない犯人に初めて出会ったような気がした。

――ひょっとして、俺は犯人の掌の上で踊らされているだけではないんだろうか?

 と思った。

 そう思うとなぜか犯人に対しての憎しみが和らいでくるのを感じた。

「犯人は憎まなければいけない」

 という信念があった。

 特に誘拐などという犯罪は、被害者の自由を拘束するもので、卑劣な犯罪の一つだと思っていた。

 そんな犯人を憎まなければ、事件解決にはつながらないといつも思っているのに、この日は一体どうしたことだろう?

 何か、不思議な感覚を持ちながら、犯人の声を聴いていると、警察を嘲笑っているかのように思えるのだが、本当の狙いが別のところにあるのではないかと感じるようになったのはなぜなのだろうか?

 この二日間における倉庫焼失事件と、倉庫から見つかった黒焦げの二体の死体。そして、その会社の社長の二人の息子、いわゆる異母兄弟の謎の失踪、そして、今回の社長自身への誘拐事件、すべてが繋がっているのは確かだろう。これだけ一連の事件が社長を中心に繰り広げられているのだから、犯人の目的がどこにあるのかはまったく分からないが、これらの事件がすべて繋がっていることは明らかだし、これだけ立て続けに起こっている事件なので、このまま何も起こらないというのもありえない気がした。

 むしろ、これだけのことが起こっているのだから、急に音沙汰がなくなってしまうと、今度は手掛かりが消えてしまいそうな気がして、殺人などの最悪の自体は困るが、まったく何も犯人側が行動を起こしてくれないのも困る気がした。

 特にこの誘拐事件に関しては終わったわけではない、誘拐したのだから、少なくとも誘拐事件に関しては何か決着がつくような新たな展開がなければおかしいだろうと思うのだった。

 だが、横山警部補は、

――ひょっとすると、これ以上、誘拐事件が進展しないかも知れないな――

 とも思っていた。

 しばらく大人しくしてくれていた方がいいと感じたのは、どうも社長を誘拐して、身代金目的ではなさそうではないか。もちろん、犯人が自分でそう言っているだけで、ただ、犯人の話をそのまま鵜呑みにすれば、犯人の目的は、

「社長の拘束」

 である。

 それ以外にないのだとすれば、この誘拐は今回の事件に何らかの関係はあるのかも知れないが、何か単独の行動に思えて仕方がなかった。

 誘拐に関しては、誘拐専門のチームが当たるだろうから、自分たちは殺人事件を追うことになる。ただ、その動向だけは見守っていかなければ、並行して起こっているだけに、連絡は密にしなければならないと思うのだった。

 まずは自分たちがやらなければいけないのは、社長緒息子たちの捜索であった。まずはホテルに行って、昨夜からの行動を洗いなおすことにした。

 ただ、ホテルでは前述のように真新しい情報は得られなかった。今は深夜でもフロントを通らずに、カードキーで入退室は可能である。ただ、カードキーで入り口を突破できるので、その情報は管理されている。ただ、二人が一緒に出たとしても、一人のカードで十分なので、その時間に二人が一緒だったのか、一人だけだったのかは、カードキーだけでは判断はできない。

「防犯カメラを見せていただけますか?」

 と横山警部補はフロントマネージャーに訊ねた。

「はい、かしこまりました」

 と言って、スタッフルームに入り、まず二人のカードキーの履歴が調べられた。

 カードは、どちらか一人が代表で使っていると思っていたので、兄が最初に使ったのであれば、最後まで兄が代表で使うものだろうと思っていると、

「最初に、松川様のカードキーが使用されて、午後十時に帰ってきています。それから午前二時に、定岡様のかーぢが使われて、外出されていますね。履歴は今のところここまでになっています」

「じゃあ、さっそく防犯カメラをお願いします。特にこの時間を中心に見たいのですが、他は早送りをする形でお願いします」

 と言って、午後六時あたりからの防犯カメラの様子が見えていた。

 さすがに午後六時から九時くらいまでは、ホテルへの入室が盛んになっていて、怪しい人は見かけることはなかった。なるほど午後十時近くになって、二人が帰ってきていたが、カードキーを使用したのは、松川の方だった。その日の松川は帽子を目深にかぶっているのが特徴だった。大柄の松川はそれだけで特徴があり、さぞやその時間、まわりの注目を集めたのではないかと思えるくらいだった。

 新規の客は、フロントで受付をするのだが、連泊に客は、表のセンサーに翳すことで、部屋へ直通してもいいことになっている。それがこのホテルの特徴であるが、フロントは夜の十一時までであり、それ以上は表からの呼び鈴であるか、宿泊客であれば、カードキーを使うようになっている。

 午後二時に定岡が外出した時に写っているのは定岡だけだった。

 その時の定岡は、最初に帰ってきた時の松川のように、帽子をかぶり、あたりを気にするように表に出て行った。見るからに怪しそうな素振りだった。

 だが、それが定岡であることは確かであった。

 なぜなら、彼は防犯カメラの存在を知っているのか、顔を挙げて、防犯カメラと目を合わせたのだった。

 しかも、防犯カメラに向かって微笑んでいるのが分かった、ニッコリと微笑んで、二、三秒そのままだったのは、実に特徴的であった。

 そんな様子を見ていると、まるで自分の様子を後から誰かが見るのを分かって。嘲笑っているかのようにも見えた。その時、倉庫は火事になっていたのだが、支店長の話によれば、支店の幹部や社長が知っているだけで、一般社員や研修中の二人には何も知らせてはいないということだった。

 だとすれば、二人がこの時にすでに火事を知っていたとは思えない。むしろ、今でも火事があったという事実を知っているかどうかも怪しい気がする。

 知っているとすれば、この時の失踪に何か関わっていると思われても仕方がないに違いない。それを思うと、この時の防犯カメラへの視線は何を意味しているというのだろう?

 さらに、彼のその時の顔である。微笑みは余裕から来るものなのか、それによって、挑戦的な気持ちが働いているのかが分かるのだろうが、いかんせん、その時の恰好で、帽子をかぶっていることが、彼の本心を覆い隠しているようで仕方がなかった。

 その時間に、定岡が出かけていったのは確かなようだが、カードキーの履歴を調べてみると、松川の部屋は、今もロックされていないようだった。

 つまり、前の日の十時前に帰ってきて、施錠を解除して部屋の中に入ってから、そのままであった。

 防犯カメラを見る限り、松川が午後十時以降、どこかに出かけたという様子は写っていない。一体どういうことなのだろうか?

 定岡の不思議な笑顔といい、松川の行動の中途半端な状態といい、二人は何をしに昨日このホテルに帰ってきたというのだろう? 横山警部補は、そのあたりが気になるところであった。

 防犯カメラにはそれ以上何も映っていなかった。捜査陣は今までの二人のことをホテルの人に訊いてみたが、あまり特徴のある二人ではなかったということでよくは分からなかったようだが、二人の部屋の履歴を調べていた一人のボーイが、

「刑事さん、松川さんの方は、毎晩決まってルームサービスを注文されていたようですね。午後十時頃になると、夜食をご注文だったようですね。昨日は戻ってこられたのが遅かったので、ルームサービスのご所望はなかったようですが、それまでは毎日のようにサンドウィッチを注文されていたようです」

 という話であった。

「ああ、そうそう、私もそれは意識しておりました。以前、ここのレストランのシェフと話をした時、シェフが松川さんとお話したことがあったようで、サンドウィッチが好きで注文しているのは、何やら、母親以外の女性が作ってくれるサンドウィッチが好きなので、表ではいつも一度は注文されるそうなんです。私の味がよく似ているので、いつも楽しみにしていると言ってくれていたのが、印象的でした」

 と、フロントマネージャーが話してくれた。

 松川にとって、母親以外の人が作ってくれるサンドウィッチと言うと、それはきっと妾のことで、定岡の母親である弘子のことではないっだろうか。松川が、そんな風に感じていることを、定岡は知っているのだろうか。

 定岡は松川を兄貴のように慕っているが、松川も定岡を可愛がっていた。二人の関係はまわりにも周知のことであり、誰もが松川の力量と、定岡の妬みのない少年のような態度に敬意を表しているようだった。

 だが、それは何と言っても人それぞれ、人によっては、金持ちのボンボンである松川に嫉妬心を抱いている人もいたかも知れないが、下手に逆らって自分のためにならなかったり、うまく付け入って、漁夫の利を得ようと思っている人もいたのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、松川と定岡の微妙な関係が、今回の行動に凝縮されているのではないかと思えて、何とも言えない気分になっていたのだった。

 横山警部補は、ホテルを出ると、今度は、倉庫の近所の聞き込みを行うことにした、

 元々近所の家の聞き込みは部下が行っていたので、まずは捜査本部に戻って、途中駅化を聞いてみることにした。

「いかがですか? 近所の聞き込みの方は」

 と言われた部下の捜査員たちは、一様に表情は芳しくなく、

「いけませんね。これと言った証言は出てきません。そもそもあの倉庫は昔の事務所だったようで、創業当時の本社だったということです。本社と言っても創業当時ですから、ただの修理工場という程度で、それでも、すぐに近くに二号店を作ったようです。そこは修理工場だけではなく、家電の販売も一部行っていたということだったんです。どうやら、初代の社長が、電機メーカーの人とコンタクトがあったようで、やってみたら、思ったよりも売れたということで、それが松川コーポレーションの柱となったのではないかという話でした」

「なるほど、それであそこを取り潰さない理由は?」

「やはり社長に愛着があるんでしょうね。特に世襲による同族会社という趣の会社なので、そういう初代が大切にしていたものを壊すのは、抵抗があるようです。元々歩武として使用していたので、見た目はプレハブのような建物ですけど、防火の効果は結構あるようで、今回あれだけの火災だったにも関わらず、中は黒焦げでしたけど、表に燃え広がらなかったのは、そのおかげもあるというんですね。それともう一つ……」

 と、部下は言いかけて、少し言葉を止めた。

「もう一つ?」

 と再度横山警部補が訊いたが、

「あの倉庫のまわりは、最近まで、結構草がボーボーに生えていたそうなんですが、数か月くらい前にすっかり刈り取って、まわりには何もないような状態にしたんだそうです。近所の人はいよいよあそこを取り潰して、何か近代的なものを建てるんじゃないかと思っていたそうなんですが、プレハブを壊したり、中のものをどこかに持っていくというような様子もないようで、それを支店長に話したら、最初からあの建物をどうにかしようなどという話はないということだったんです。それでまわりの荒れ放題だった草のことも聞いてみたんですが、木下課長のたっての希望で、あのあたりの雑草を撤去することを進言してきたとのことでした。実際に支店長もあのあたりのことはほとんど眼中になかったようで、そのことに気づいてくれた木下課長に礼を言ったくらいだったというんです。それでそれからすぐに、あのあたりの整備を始めたということなんですよね」

「それが終わったのはいつ頃だったのかな?」

「先月くらいだということでした。せっかく綺麗にしたのに、まさか倉庫の中で火災が起こるなど思ってもいなかったと、支店長は嘆いていました」

「ところで支店長は、あの倉庫が防火効果のある建物だということは知っていたんだろうか?」

「ええ、知っていたらしいですね」

「じゃあ、実際にあのあたりを整備した木下課長は?」

「支店長の話では、知らなかったのではないかということです。支店長はかなりこの会社は長いですし、元々本部の総務にも在籍していたので、会社内の施設のことについては精通していたようです。支店長の話では、あの建物がここまで防火効果があるなどということを実際に市っていた人は、ほとんどいないだろうという話でした。別に秘密にしているわけではないですが、別に知る必要もないことですからね」

 と部下は話をした。

 倉庫に防火効果があることを知らなかっただろうという木下課長が、数か月前から倉庫のまわりを綺麗に整備し、最近綺麗になって、それから一月ほどで、火事が起こるというのはただの偶然なのだろうか?

 実際に木下課長が防火効果があるという建物であるということを知らなかったのかどうかも怪しいが、表に出ていることだけを考えると、まるで木下課長は、

「火事が起こるということを知っていて、燃え広がらないようにするために、まわりの草を整備したのではないか?」

 という疑惑が起こってくる。

 今回の火事はボヤでもなければ、火の不始末でもない。中でガソリンが撒かれていたということもあって、明らかな放火であることは間違いないだろう。さらに、中で黒焦げの死体が見つかっているのだ。これが放火殺人なのか、被害者が誰なのかを分からなくするために火をかけたのか、果たしてどっちなのだろう?

 ただ、これは科学班の話であるが、防火設備が整っている中で、猛烈な火を起こせば、その燃え広がり方は表に出ないために、まるで火葬場の火のように、本来なら骨だけになっていても不思議がないくらいだったという。

 ひょっとすると、犯人がガソリンの量を甘く見ていたのか、人に見られる関係もあったのか、、それ以上のガソリンをまき散らすだけの時間がなかったのか、ただ、黒焦げになったおかげで、被害者の特定は非常に難しいことには違いなかった。

「事なきを得た」

 と言っても過言ではないだろう。

 そういう意味で、犯人がこの建物の防火効果を知っていたのかどうか、それは重要なことになってくるだろう。おし知っていたのだとすれば、犯人はかなりの狭い範囲に限られてくる。

 ただ、それも犯人の目的が、

「火をかけたのは、被害者を特定されたくなかったからだ」

 という理由だとするならば、やはり防火効果を知っていたと見るのが妥当であろう。

 ただ、そういうことになると、少なくとも木下課長は重要容疑者の中から省いてもいいのではないだろうか?

 防火効果があるということを知っているのであれば、別に表の草を整備する必要はない。確かに美観という意味では、

「なるほど」

 と思う部分はあるが、自分だけで会社の経費を使わずにやったわけではない。

 会社の一つの事業として行ったのだ。確かにあの場所も会社の敷地内ではあるが、何か新たに建設予定にでもなっていない場所を、ただ美観というだけの理由で、しかもこの時期にわざわざ経費を使って行うというのもおかしな気がする。

 ただ、そうなると矛盾が生じてくるのだ。

 木下課長が火を起こしたとして、被害者の正体を隠滅するために行ったことであるならば、防火効果を知っていたということになる。そして美観が目的ではなく、まわりを整備したのは、

「火事が起こっては大変だ」

 という意識からであろうが、今までに火事が起きそうな雰囲気もなく、このあたりで放火というのも聞いたことがない状態で、しかも季節は春から夏にかけての、ある意味火事が一番起こりにくい時期に行ったというのは、どうにも不自然ではないか。

 まるで火事が起こることを予見していたような行動に、警察も何か怪しいと思わないわけもなかった。

 ただの偶然とは考えにくい。

 ただ、逆も言えるだろう。

「木下課長は何もかも承知していて、まわりを整備した」

 という考えである。

 放火が起こってから木下課長の矛盾に気づく人もいるだろうか、その矛盾を犯人除外の方法として捉えるのが、警察の捜査だと思ったとすると、警察はまんまと木下課長にミスリードされてしまったことになる。

 ただ、この考えは、元々が、裏の裏を考えるところから始まっているので、どこで終わるかで、事件の見え方が変わってくる。

 それはまるで、

「ニワトリが先か、タマゴが先か」

 という禅問答のようなものである。

 横山警部補は、考えれば考えるほど袋小路に嵌り込んでしまいそうで、どこかでいったん考えを辞めないといけないと思うようになった。

「箱の中に箱が入っているマトリョーシカ人形を見ているようだ」

 とさえ思うのだった。

 ただ、木下課長が犯人であるかないかは別にして、この人もこの事件に何か重要な役割を演じているように思えてならなかった。

 そう思うと、昨日の社長の誘拐事件というものも、昨日社長と最後まで一緒だったのが木下課長であるということから、どこか誘拐自体が芝居がかっているかのようにも思えてきた。

 本来であれば、誘拐というのは、凶悪犯罪の一つとして憎むべき犯罪、そこに携わったのであれば、どんな理由があろうとも、犯人に対して、少なからずの憤りを感じ、めらめらと沸き起こる怒りから、犯人に対して、挑戦的な気持ちがこみあげてくるものだと感じていた。

 今までに誘拐事件も何件か解決してきた横山警部補にとって、確かに犯人に対しての怒りや憤りが漏れなくあったことは間違いない。だが、今回はどこか誘拐事件だというのに、不思議な感覚があった。

 なぜなら、あまりにも誘拐された社長のまわりでいろいろな事件が起こりすぎているからだった。

 偶然なのか、それとも一連の連続した事件なのかと考えてみると、すべてがすべて、同じ犯人による犯行だとは思えない。それだけいろいろと集中しているように思えるのだ。

 まるで、

「これでもか」

 と言わんばかりの状況に、横山警部補は、却って冷静に考えている自分を感じる。

 どこか他人事のようにさえ思う事件の経過を、

「他人事のように見る方が、案外全体が見えてくるものだ」

 という思いに駆られていた。

 まるでこの事件が、

「いくつかの偶然が重なってできあがった事件であるかのような気がするくらいだ」

 と感じていた。

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